1)
映画「フラガール」・常磐炭鉱の歴史
常磐炭鉱は明治初頭から福島・茨城県の海岸線に面する丘陵地帯にかけて大きな炭鉱開発が行われた。しかし、技術を要する鉱山であった為にコスト増で各鉱は次第に採算が悪化。解雇された石炭産業従事者の大部分は日立製作所関連企業に吸収された。(こんな記述は信用してないが・・)
1963年ーレジャー施設計画発表
1965年ー専属ダンサー育成スタート
1966年ー常磐ハワイアンセンターオープン
1976年ー閉山
1985年ー炭鉱事業からの撤退
<百科事典・スパリゾートハワイアンズHPより>
この昭和40年前後の時代的背景は東京オリンピックにみられる高度成長期を「謳歌」している反面で、高度成長のピークに「陰り」が見え出した頃で、国の石炭から石油にとエネルギー政策の転換期にさしかかり、全国各地で炭鉱落盤事故や閉山が起こっていた。
2)チャプター別感想
1、ハワイアンダンサー募集
彼女らにとって固定された現実から「職業選択自由」の夢を与えたのがダンサーになる事に思えたが、これは会社=常磐興産の新事業への部署変更だ。労働者を「合理化」と称して解雇したうえでの部署変更=再雇用は会社が生き残る為にはどんな事でもする事を容認し、会社に人選された人だけが生き残れる方便であった。会社の経営破たんは労働者に責任はない。さらに、新事業説明での会社責任者は部・課長どまりで「すみません」しか言えない「お人よし」しか登場させてない。会社と組合の「団交シーン」はどれも最悪の描き方で怒りに耐えない。当時の炭鉱会社側はそんな「お人よし」な対応は無く、史実を歪曲して描いている。また、炭鉱労組は「日本の闘う労働組合の最先端」の伝統が息づいていたはずであるが、その「かけら」すらも見当たらない。およそ「ヤジってみせてるだけ、怒ってみせているだけ」で「御用組合」そのものである。「ハワイで山を潰すのか」「山を救う為にハワイを作る」などの言葉はどちらも自分の主張が相手を「思い合っ」ているように発言しているが、ヤクザの「シノギ」の「変更=温泉事業への参入」に伴う内部抗争をしているだけである。会社に対する「怒りがない」者には、国のエネルギー政策に対する「怒りもなく」、そして『一山一家』の「共同体性」を都合よく理解して都合よく使用している。もうそれだけで無責任な『仁義なき闘い』である。『フラガール』は『ヤクザ内部抗争』の「サクセスストーリー映画」だ。
8、厳しい現実
この「シーン」は『フラガール』を何度も見返した中で「怒りと憤慨・せつなさ」がこみ上げて、この「シーン」にきただけで「号泣」してしまった。父親(炭鉱夫)の怒りの矛先は「会社」であって、会社に対する怒りは「言葉」だけで、「会社の合理化の先にあるとはいえ、愛する家族」に暴力を振るうのは間違っているのだ。暴力を振るわなければならないのは会社側だ。父親の「夕張の選択」は今日的現状を考えれば、さらに「悲しみ」を誘う。早苗の「いい夢みさせてもらった」「今まで生きてきた中で一番楽しかった」の言葉に、一度は「見る前に飛んでみせた」早苗に「幸多かれと祈るばかりである」
12、踊らせてくんちぇ
労組組合がおよそ「ヤクザ組織」のようで、演技もヤクザ映画そのままで、死者への怒りが落盤事故を起こした会社ではなく、「フラガール」に向かうところは、いつまでたっても怒りのぶつけ所を分からない面々である。
14、ストーブ貸してくんちぇ
ストーブ貸してくれと願う「情熱」と、それを貸すに至る経過はあまりにも短絡的過ぎて、そんな事で協力できるのであれば早くからしろよ!と思ったが、はじめから彼らは「いがみ合っていた訳でもなく」「敵対していたわけでもない」転向者同士の会社への「忠誠のジェラシー」のぶつけ合いでしかない。ここで炭鉱部門の労働組合は完全に本音も建前も捨てて、1976年の閉山まで労働者を切り捨てながら生き延びる「飼い犬」に完全に転落したのである。
15、先生行かないで
これがこの映画の「フラの魅力が感謝の気持ちと別れのせつなさを存分に表現していて」クライマックスシーンだろう。美しさに「泣けた!・泣けた!」。
16、オープン初日
この映画の随所に出てくる「石炭はかって黒いダイアモンド・・」とは誰の言葉としてあるのか?少なくとも解雇された炭鉱労働者の為にあるのではなく資本家の為にしかない。「新しダイアモンド・・」は常磐資本が延べ4400人を解雇して、新たなサービス産業として労働者をさらなる搾取される「奴隷」にする宣言にしかすぎなかった。
3)映画「フラガール」から学ぶこと
あれからフラガールの雇用は守られたのか?労働条件はどうであったか?この映画『フラガール』は労使協調路線とは労働者を切り捨てながら生きのびる資本の路線であリ、労働者の取る路線ではない。労働者は国家・資本と対峙して闘う以外に生きる道はない事を『フラガール』は教えてくれた映画だ。「涙にむせびながら怒りに燃えて観よう」(MY)












































































