〜中南米ふしぎシリーズB〜

■ナスカの地上絵■

謎だらけのナスカの地上絵。これはダイナミックな「コンドル」


サワコの地上絵

私がまだ、愛くるしい小学1年生だった頃の話。

ある日面白い考えが頭にひらめいた。それは学校のグラウンドに棒で大きな絵を描き、できあがってから塀やタイヤなどの高い場所に上って眺めるという遊びだった。実際にこれをやってみるとあ〜ららふしぎ。大きく描いた絵は、地上からよりも格段にきれいに見えるではないか!味をしめた私は友達を誘い、つぎつぎと地面に謎の図形を描いていった。

今思えば、私が描いていたのはナスカの地上絵と同じものだったのだな。なんだか前世からの私とナスカの、切っても切れないを感じさせる感動的なエピソードではないか(違う?)。

それから20数年を経た今年、私はついにナスカの地をふんだ。セスナから見た地上絵は、当然のことながら小学生時代に私が描いた絵より上手だった。私は傷ついてナスカを後にした・・・。

・・というのは冗談だが、あまりにも有名なペルーのみどころ、ナスカの地上絵。大したことないといううわさも聞くが、実際はどうなのか。そしていまだ解明されていない、あまりにも大きな謎の数々。これまでにどんな説が生まれ、消えていったのか。そして真実は――?

これから順を追って、それらを書き記していこうと思う。

まずは地上絵を見る

4人乗りのセスナに乗って、早朝ナスカの空港を出発。パイロットは離陸前にイラスト入りの地上絵マップをくれた。砂漠のなかにあるこの小さな町・ナスカは、空から見るといつか砂に埋もれてしまいそうに頼りない。飛び立つとすぐに眼下は乾燥した荒野になった。川が流れた後のようなうねった筋が、大地のここかしこに残っている。

「サンカク」
パイロットが助手席のオランダ人に英語で説明した後、私たちのために日本語で言ってくれる。どうやらナスカのパイロットは、日本語もできるインテリでなくてはならないようだ。「サンカク」なんて高度な日本語、そんじょそこらのペルーのみやげもの屋に言える単語ではない。せいぜい「コニチハー」「ヤスイヨ」程度だ。

これがサンカク。地上絵が見えやすいよう画像をいじると、地球上ではないような色になってしまう

感心している場合ではない。せっかくの地上絵を眺めなくては。茶色の大地には本当にサンカクが描かれていた。というよりは矢印のようだ。はじめはこうした幾何学図形が続く。

そのうち動物などの絵柄も現れるようになった。「サル」「イヌ」「ハチドリ」「ウチュウジン」「手」「木」「コンドル」などなど・・。そのパイロットの語彙の豊富さに、いや違った、描かれた絵の素晴らしさと神秘に感嘆しながら地上を凝視する。この遊覧飛行には30ドル支払った(本当は25ドルぐらいでも行けたらしいが。くそ〜)。それで飛行時間は35分間、1分あたり1ドル弱もする贅沢なものなのだ。頑張って神秘をむさぼらねば。

嬉しいことに、セスナはぐいんぐいんと機体を左右に傾けて、気持ち悪くなるほど地上絵を見せてくれる。今朝何も食べてこなかったのは正解だった。地上絵が右側に来たら、今度は同じものが左側にも来るように旋回してくれるサービスは素晴らしいのだが、本当に酔ってしまった人には地獄の苦しみを味合わせることだろう。

地上絵を見た感想としては、「しょぼいって聞いてたけれど、なんだそんなことないじゃん!」。早朝の便を選んだことが正解だったのか、聞いていたよりも大分くっきりと見える。思ったよりも小さく見えるのが意外だったけれど、まあ私の地上絵より大きいので許してあげよう。そして絵の周囲にやたらめったら引かれた直線の数々がすごい。これはいったい何のために作られたのだろう。

こういう得体の知れない直線がいっぱい。右下はパン・アメリカン・ハイウェイ

また私はナスカマップに描かれておらず、パイロットもその日本語名を言えない新たな図形を見つけた。ナスカで有名な地上絵は限られていて、その他にもわけの分からない図形や、鼻にもひっかけられていないような小さな絵があちこちに見られるのだ。私が発見したのは、メガネそっくりな形の地上絵であった。あわててシャッターを押したが、後で写真を見ても写っていなかった。だから証拠はないのだが、第一発見者としてこれを「サワコのメガネ」と名づけることにする。

地上絵は何がどう不思議?

さて・・、ふざけた調子でこの文を始めてしまったが、この辺からこむずかしい話になるので、眉間にしわ寄せながらこれを書いている私には、とてもこの調子は続けられない。というわけでいつものようなシリアスな調子に戻らせていただくことにする。ウォッホン!

新世界7不思議にも数えられているというナスカの地上絵は、なぜそれほどに不思議な存在であるのか。それはなんといってもこの巨大な絵が、地上からは見られないという点にある。スケールがあまりにも大きくて空中からしかその形を識別できないため、飛行機が発明されるまでは誰もその存在に気付かなかった。そんな昔になぜこれらの地上絵が作られたのかは、非常に大きな謎に包まれている。それにいつどうやって描かれたのか、諸説あるが正確なことは何も分かっていないのだ。

毎度このシリーズで引用しまくっている本「オーパーツの謎と不思議」によると、いつもながらこんな提言をして終わっている。「この地上絵を描いたのは人間ではなく、宇宙からやってきた異星人ではないのか」「ナスカの地上絵については、異性人の存在を認めることによって、新しい展開が開けることだけは確かなことだ」

あっはっは!、は・・・だが待てよ、今回はこの荒唐無稽な記述も、笑ってすまされないほどすごいものかもしれない。つまりナスカはこうしたことをつい考えてしまいたくなるほど、世界でも特大の謎のひとつなのだ。

誰によって作られたのか?

さて、誰がこの巨大な絵を描いたのだろうという疑問だが、これにはほぼ誰もが認める定説がある。地上絵は紀元前後から紀元800頃にペルー海岸部の砂漠地帯に栄えた、ナスカ文明時代の遺物と言われている。つまりナスカ人が作成したものだということだ。これは放射性炭素方法での年代測定のほか、地上絵のいくつかがナスカ土器の絵柄と類似していることからも裏付けられている。

どのようにして作られたのか?

まずはどうやってこれらの絵が描かれているかを見てみよう。ナスカの地上絵があるナスカ大地の表面は、黒い小石の層で覆われている。そしてその下には白い粘土質の層がある。地上絵はこの小石の層をどかして、下の白い層をむき出しにすることによって描かれている。

このような簡単な方法で描かれたにもかかわらず、降雨量の少ない乾燥気候が幸いし、地上絵は数千年の間消えることなく、現在もその姿を見せてくれるのである。いやはや、まことにありがたき幸せ。

そして一体どのようにして描かれたのか。その半生を地上絵の研究に捧げたドイツの数学者、天文学者のマリア・ライヘ女史は、かつて地上絵の線に沿って木のくいが一定間隔で立っていたことを耳にした。くいを2本立てれば直線を描けるし、さらに2本のくいからから外れない位置に新たなくいを立てれば、延長線を次々と引けるのだという。

絵柄の図形に関しては、その原画となった2平方メートルほどの絵が多数発見されているという。このことから地上絵はまず小さい図形を描き、ロープとくいを使った拡大法で描かれたというのが有力な説となっている。

しかしこの方法で動物などの絵柄を描く場合、200メートルまでの実験は成功しているが、それ以上のものは描けるのかという疑問が残る。ましてや数キロにも及ぶ直線を誤差なく描くのは至難の業だそうだ。一見解明されたかに思えても、やはりこの描き方については、正確には分かっていないのである。

左は有名なサルだけれど、右のスダレみたいなのは何だろう?

何のために作られたのか?

しかしナスカの地上絵で完全に謎であるのは、何のために作られたかということだ。ここでは数ある説のうち、代表的なものを紹介していく。

●天文説
先にも述べたマリア・ライヘ博士は、地上絵は天体観測の結果をしるした天文星座図だと考えた。そしてそれをとして利用していたと想定する。最も有名な仮説であったが、天文考古学の第一人者のG.E.ホーキンズがコンピューター分析によって天体の運行を調べた結果、地上絵と星々との合致は、偶然の確率以上ではないことが証明された。

●宗教儀礼説
また農耕儀礼のために地上絵を描いたのだという説がある。放射状に延びる直線のなかには、太陽の軌道と一致するものがあるのだそうだ。また絵柄の図形は恵みの雨に対する感謝の印として、祭礼の儀礼のために描かれたという。しかしこの説は、それを証明する決定的証拠に欠けるという。

●滑走路説
G.E.ホーキンズが天文説の欠点を多数指摘したことにより、新たに唱えられ注目を浴びた説。エーリッヒ・フォン・デニケンは、地上絵は古代の宇宙飛行士の「滑走路」だと主張した。確かに巨大な矢印や誘導路、滑走路のようなスペースも発見されているというが、これは常識で考えるとどうも・・という感じである。宇宙人はロケットのような宇宙船でやって来るのだろうから、広い滑走路を必要とするはずはないし、もし必要があったとしても、むき出しの地面はやわらかすぎてその用を成さないだろう。

●気球説
古代ナスカ人は熱気球を持っていたのだ、という面白い説もある。ナスカの土器に気球と類似した模様を見つけた国際探検協会のジム・ウッドマンは布に注目。世界最大の気球会社が分析した結果、この布は現代のパラシュートを凌ぐ緻密さで織り上げられているということが判明した。そこでウッドマンは古代にも熱気球が作られており、それを用いて王族を空へと送り出す形で葬儀が行われ、手向けとして描かれたのが地上絵であるという説を唱えた。

しかし幾何学模様の方が絵柄の図形より圧倒的に多いナスカの地上絵は、上空から眺めることを目的として作られたとは考えにくい。作業の途中で気球が使われた可能性はなくもないが、「なぜ描かれたのか」ということへの解明にはつながりにくい。

●地下水路説
マサチューセッツ大学の考古学チームは近年、「直線の地上絵のいくつかは地下水脈を指し示している」という説を発表した。同チームは地上絵の直線図形の地下から、現在でも実際に取水が可能なことを再現して証明したという。少なくとも5つの直線図形は帯水層と一致するということだ。

これが事実だとすれば、イヌやサルなどの絵柄の図形は直線図形などの幾何学模様とは別の目的を持って作られたことになる。ただ私が思うには、地下水脈が完全に直線に流れているはずはないだろうし、1万3000もあるという直線図形がすべて地下水脈を示すとは考えにくいので、これも疑問が残る説だ。

地上絵、新たな展開

このように諸説紛々あるなかで、ナスカの謎に対する人々の探求心をそぐほどの大発見がなされた。それは20世紀後半にNASAが打ち上げた資源探査衛星・ランドットが、ナスカ上空900kmから撮影した衛星写真により分かったものだ。

これによるとナスカにはなんと、全長50kmにも及ぶ超巨大な図形が描かれているというのだ。それは直線の先がふたまたに分かれ、三角に似たような形を作りながら先端で交差しており、まるで矢印かワイングラスのようだという。

この絵を発見したのはアメリカの物理学者、ロバート・アール。異なる写真のどれにも同じ図形が浮かび上がっているのに気が付いた。明らかに人工物であることを示す直線で形成されたこの矢印は、真南を示しているという。しかしこの図形に関しては、NASAからなんの見解も公表されてないし、公式の現地調査も全くされていないそうだ。

さて、これを一体どう考えたらいいのか。ここまで巨大な図は、当時もし気球や飛行機があったとしても見ることはできなかった。かつ古代人がこの誤差のきわめて少ない直線を描くことが可能だったかということを考えあわせるともうワケが分からなくなり、「宇宙人様助けて!」と叫びたくもなってくるでははないか。

そこで「地上絵は宇宙人が記したマークではないのか?」「ナスカは宇宙人の地球探索の基地だったのではないか?」、という疑惑が、頭の中をぐるぐる回ることになってしまうのである。え、みなさんは回ってないって?

突然だけど、ナスカの街

世界の謎について本を読んだり調べたりしていると、聞いた事がある事物が何度も出てくる。つまり世界に残された大きな謎は、すでにそれほど多くないということだ。ナスカの地上絵も、貴重かつ第一級の謎のひとつ。解明されてしまったとしたら、世人の興味は潮がひくように遠ざかってしまうことだろう。謎は謎のまま、残しておくのも結構なことではないだろうか。謎を秘めているからこそ、ナスカはこれほどまでにも魅力的なのだ。

・・ということで今回はこの辺で。心無い人が謎を解明しないうちに、あなたも早くナスカを訪れた方がいいですよ。

(旅行時期 2004年4月)

参考文献:「オーパーツの謎と不思議」(超古代研究会 編)にちぶん文庫ほか

 

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