■心惑わす魅惑の布・スザンニ■

ブハラでは、みやげ物屋に並ぶ美しいスザンニに思わず目をとめてしまう


スザンニってなあに?

ブハラでは、急いで済ませなくてはいけない用事があった。お世話になっている人へのお礼に何か送ることにしたら、スザンニをリクエストされた。その購入と発送、観光を合わせて1日でしてしまおうと思っていた。それがこんなにも大変だとは。当日の朝張り切って宿を出た私は、行く手に待ち構える困難は予想だにしていなかった。

スザンニとは、ウズベキスタンのブハラを主な産地とする、刺繍を施した布のことだ。結婚生活の幸福を願って、夫婦が室内の壁にかけるものだという。結婚の決まった娘さんや、その親族の女性達が、祈りを込めて刺繍をするのだそうだ。ブハラにはたくさんのみやげものがあり、ほとんどがこのスザンニを取り揃えている。店の人は田舎に出かけて行って、農家を訪ねてスザンニを仕入れるという。

壁一杯に広げられる大きいものから、スカーフ程度の小さいのまで、大きさはさまざま。形や色、パターンも千差万別だ。花や植物をモチーフにしたその華やかさには、つい目を奪われてしまう。そういうスザンニを買うのは、先方の好みが分からないので難しかったが、それ以上に楽しくもあった。

比較して購入する参考にと、デジカメで写真撮らせてもらった

スザンニには手縫いとミシン縫いがあるが、手縫いのほうが魅力的なのは言うまでもない。また、新しいものと、数十年たった古いものがある。新しいものはみやげ用として華美でこっているけれど、古いものが持つ素朴さと味にはかなわない。その経てきた歴史を証明するかのように、何かのシミなどが付いていると嬉しくなってしまう。聞くところによると、100年以上前に作られた古いスザンニは、欧米のオークションで数百万円の値がつくことさえあるという。

私はつつましく数千円を支払って、スザンニ2つと小さいブハラ絨毯を購入した。うちスザンニ1つは自分のものになる予定である。いまのところ嫁入る予定はないけれど、まかり間違ってそんなことにでもなったら大変なので買っておいた・・・、というのは冗談で、最初に買ったスザンニが、男性に差し上げるにはあまりに派手だと気付いたから買いなおしたのだ。また、それがだんだん気に入ってきてしまったから、自分のものにしたくなったということもある。明るい色の花がいっせいに開いたような華やかなスザンニで、日本の部屋には派手すぎるかもしれないけれど、眺めていると気持ちが明るくなってくる。これを壁に飾っていたら、独身でも明るい一生を送れることは疑いなしである。

プレゼントの購入も思ったより早く済んだ。見る目がないのでベストな選択ではなかったかもしれないけれど、かなり満足して郵便局へ向かう。よかった、一応納得いくものが見つかった。これを送ってしまえば全てが終わりだ。私は非常に甘かった。その「全て」が終わるまでには、まだ長い長い時間がかかったのだ。

プレゼント用に買ったのはこれ

スザンニ持ってかけずり回り

「タモージュ、タモージュ!」郵便局のお姉さんが言う。
「タモージュ、タモージュ!!」近くにいた女子大生たちが子鳥のように口を揃えて言う。彼女達はカタコトの英語で通訳してくれていたが、このタモージュの英語訳は知らないらしい。私は困惑してしまった。一体タモージュとは何なのか?

郵便の送付用紙5枚に、このタモージュでもらうスタンプを押さなくてはいけないらしい。そしてそのタモージュとやらは、空港にあるという。どうやらタモージュとは税関のことらしかった。首都タシケントではそんなスタンプがなくても、すぐに発送できたというのに。

さらに郵便局のお姉さんは、美術館がどうのとか言っている。しまいには女子大生2人が、授業が始まる前に私を美術館に案内してくれることになった。彼女達はここブハラで薬学を勉強しているそうだ。かなり歩いて、私が泊まっている宿を通り越して、まだ歩いていく。「アート・ギャラリー」という看板が掲げられた小さい建物の中には2人の男性がいて、うち一人が英語を話したので助かった。

「あなたは証明書を作らなくちゃいけないよ。でもここですぐできる。この3枚分で17ドルだ」

「・・・!!」
びっくりした。どうしてそんなものが必要なのか。私はちっとも知らなかったのである。ウズベキスタンでは、アンティークを国外に持ち出すのには、それを許可したという証明書が必要なのだった。彼らはそれについてちゃんと説明しようとしなかったこともあって、私からお金を巻き上げようとする手段なのではないかと疑った。そしてそんなわけの分からないお金を払うのはまっぴらだと、かなりゴネた。するとこう言われた。
「じゃあ特別に、15ドルに負けてあげるよ」
どうして政府に払うお金がディスカウントできるのか?これはますます信用できない。第一ブハラには古いスザンニやカーペットが溢れているのに、旅行者の誰からもそんなやっかいな証明書を作った話は聞かなかったし、また作っている様子も見たことがない。なくても何とかなるものなのではないか。

最近両替でだまされたり、病院の検査などで大分お金を使った直後だったので、かなりキチキチした旅をしていた。長いこと嘆いたり訴えたりして、ようやくこの証明書が本当に必要なものだと分かってきた。こんな大きいものを国外にこっそり持ち出すのは不可能だし、他に道はない。見栄えがいいからと特大のやつを買ってしまって苦い思いをした。しかも大きさに比例して、証明書にかかる料金も違ってくるらしい。

ついに観念して作ってもらうことにした。それには写真が2枚必要だという。わざわざ写真屋で撮影を頼まなくてはいけないのか、面倒な。しかし男性2人は私のデジカメでスザンニの写真を撮らせると外に出た。私は重たいスザンニを運びながら、ふうふう言いながら彼らについて行った。

道すがら私が買ったスザンニとカーペットの値段を聞いて、「そんなものはその半額で買えるよ」などと言うのでガーン、ガーン、ガーン・・・。そんなこと、思ったって言わないでいてくれればいいものを。

証明書のために撮った写真

その店は遠かった。3〜4kmはあったのではないかと思われた。何でもここはブハラで唯一、デジタル印刷ができる写真屋だとのことである。ウズベキスタンの、それも地方都市にそんな場所があるとは。日本でさえデジカメの画像を現像したことがなかったので、15分後にきれいな写真が2枚出てきたときには驚いた。普通フロッピーなどに落としてから現像所に持っていくものかと思っていたが、ここではカメラから直接データをパソコンに移動させていた。よくカメラに合ったコードがあったものだ。料金は600スム(0.6ドル)であった。

男性2人は先に帰ったので、疲れた私はタクシーで「アート・ギャラリー」へ。男性たちはまだ戻っていなかったが、ロシア人顔をしたおばちゃんがスザンニの長さを測りはじめた。その結果、金額は全部で18ドル。どうして?さっき言われた値段より高い。料金表を見せてもらっても、「スザンニ1枚5〜13ドル」などと幅が広く、何に当てはめて料金を決めているのかさっぱり分からない。賄賂が蔓延する旧ソ連の国々では、いくらポケットに入れられているか分かったものではない。

私が難しい顔をしていると、さっきの男性たちが戻ってきた。訳してもらったところによると、本当は18ドルだが、16.5ドルに負けてくれるという。一体正規の料金はいくらなんだ。

ついに支払いを終え、証明書類を受け取った。これでやっと1段階終わった。あと例のタモージュのスタンプと、郵便での発送という2段階の仕事が待ち受けている。そして予想通り、これらも一筋縄ではいかなかったのである。

やっともらえた証明書類

タモージュはユーロ払い

ブハラ空港は市の東6kmのところにあった。タクシーで乗りつけると、地方空港らしく非常に小さい。部屋にはすんなりと通してもらえたが、私が揃えて待っている書類を横目に見ても、税関員はなかなかスタンプをくれようとしなかった。後から来た人の手続きなんかを先にやっている。

業を煮やして催促すると、しばらくしてやっとスザンニの鑑定を始めた。何人かで長々と議論している。どうやらカーペットに付いていた銀のボタンに問題があるらしい。いまさらここでだめだと言われたら、どうしようどうしよう・・。

心配で疲れ果てた頃、ボタンについては何も言われず、やっとスタンプがもらえた。しかし税関員は言う。
「5ユーロ払いなさい」
どうしてそんなお金払わなくちゃいけないんだ。そもそもどうしてユーロなんだ。

「ここですぐ払ってもいいし、後で銀行で振り込んでもいいよ。でもここで払った方が簡単だよ。ドルでもいいよ、6ドルだ。ここで払った方が簡単だよ、簡単だよ・・・」
払おうとしてドルを渡すが、領収書をくれる気配もない。ドルを取り返して銀行で払うと言っても、振り込み用紙をくれる訳でもない。どうもあやしいので、銀行で払いますと言っておいて、払わないことにした。

郵便局のお姉さんのためならエンヤコラ

さあ、ついにフィナーレが近づいた。夕方5時には全てが終わるだろう。朝9時から昼食も取らずに奮闘していたけれど、それももうすぐ終わり・・・のはずだった。

郵便局で、税関のスタンプが入った送り状を見せる。するとお姉さんは「美術館の証明書は?」と意外なことを言う。証明書は税関に渡してしまった。今朝はそんなものが必要だったとは言ってなかったのに。タモージュのスタンプだけでいいんでしょう?

なだめたりすかしたりして送ってもらおうとしたが、やさしいお姉さんもこれに関しては非常に頑固だった。仕方がない。美術館へ行って、控えのコピーを取らせてもらうことにした。

郵便局からアート・ギャラリーまでは、結構遠い上にバスもない。てくてく歩いて行く。彼らは証明書の控えを持っているはずだ。ところがロシア顔のおばちゃんは、控えはない、の一点張り。しかも私が確かめようとしてあちこち部屋内を探すと、それらの書類をわざとらしく戸棚や引き出しに隠そうとする。その行動がものすごく癪に障る。控えがないなんて信じられない。私はちゃんと見たのだ。証明書の用紙は2枚がひと綴りになっていて、中心で切れるようになっていた。その片割れはどこへ行ったのか。よしんばないにせよ、堂々としていればいいのに、そのこそこそした態度はなんなんだ。

今朝からいらいらし続け、あせり続けていた私の気持ちは、ここへきてとうとう爆発した。
「どうして控えがないの!!そんなわけないでしょ!」と日本語でどなった。
私はかなり怒りっぽいほうだと思うけれど、ここまで大声でどなったことは今まで無かった。

おばちゃんは私が尋常じゃないのに慌て、出て行くように促した。
「ミリーツィヤ(警察)」がどうのという言葉だけが聞き取れた。警察を呼ぶわよというおどし文句でも言ったのだろう。私は振り返りもせずにすたすたと外に出た。非常に情けない気分だった、と同時に、叫んだのでちょっとスッキリもしていた。税関員がすんなりさっきの書類を返してくれるか不安だったが、もう空港へ行くより道がない。

空港では、税関のドアが閉まっていたので慌てふためく。しかし荷物検査の部屋でさっきの税関員を見つけ出した。
「郵便局、証明書、コピー、日本!」
この4語のロシア語とボディーランゲージを駆使して、日本に郵便を送るのにさっきの証明書のコピーが必要なんだと必死で説明する。

分かってもらえたらしい。しかし空港にコピー機がないという信じられない話だったので、町に戻るしかないと観念する。そこへ税関員のお手伝いなのか謎の人が呼ばれ、15分ほど待っていたらどこかでコピーを取ってきてくれた。コピー代は請求されなかった。

税関員は「さっきの5ユーロは振り込んだか」と聞いてくる。払わないつもりだったけど、その5ユーロのせいでここまで苦労したものが届かなかったら非常に報われないので、6ドル払った。お金は書類と一緒にファイルに綴じられた。どこへ行くのか、このお金・・・。

再度郵便局へ。今度はやっと発送できるようだ。ホテル新ブハラで働いているというお兄さんに通訳してもらって金額を聞き、1kmほど離れたバザールへ両替に行く。タシケントからは船便があったけれど、ブハラからだとなぜか船便はないとのことだ。訳が分からない。訳が分からないことが多すぎる。

お姉さんは今度はこころよく、布の袋にスザンニと絨毯を入れて口を閉めてくれた。箱でなくて、こんな布の袋なんかで大丈夫なのか・・・。不安だったけれど、ついにスザンニが自分の手を離れたことのほうが嬉しい。もうどうだっていいのだ。スザンニたちがどこかへ旅立ってくれさえすれば・・・!
こうしてやっと全てが終わった。夜の7時半だった。

ピンクの色がちょっと派手かな

ホテル新ブハラのお兄さん

ホテル新ブハラのお兄さんは、ホテル内の店を借りてみやげ物を売っているという。店を見ないかと誘われた。もう疲れ果てていたけれど、両替も助けてもらったこともあり、気乗りしないがついて行く。

「観光客が多いシーズンだけ店を開けてるんだ。テナント料もかかるし、大した稼ぎにならないよ。奥さんも子供もいるから、いっぱいいっぱいだよ。月50ドルじゃあね」
今日一日で50ドルをはるかに越える金額を使ってしまった私は、罪悪感と疲労をいちどきに感じた。

そこは大きな5つ星ホテルだった。お兄さんの店には、きらびやかな絨毯やスザンニが置いてあったけれど、申し訳ないが私はもうそれらは見るのもいやだった。お礼に何か買いたかったけれど、こういうホテル内の店の常として、どれも高かった。

世話になったお礼にいくらかのお金を渡すと、お兄さんははじめ断ったけれど、最後には受け取ってくれた。私はがっくりと疲れて、宿に戻った。

いろいろな人に迷惑をかけ、世話になり、いらいらさせられ、お金を要求された日だった。トルクメニスタンに入る日が迫っていたのであせっていたが、結局私はあと1日ブハラ滞在を延ばして観光することにした。

ウズベキスタンからの郵便は届かないことも多いと聞いていたのでヒヤヒヤしたが、後日、郵便は無事日本に届いたそうだ。これで私の大変だった1日も報われた。

今にして思えば、なかなかできない経験だったと思う。自分のためだけだったら、これだけ大きいものを買おうとはしなかったろうし、それを送るのにこれだけの手続きが必要だとは、知らずにいたことだろう。

この華やかなスザンニは、私の宝物となるに違いない。たとえ嫁に行かなくっても。

(旅行時期 2003年6月)


---私の経験からのまとめ(2003年6月情報)---
ブハラでアンティークを買った場合(スザンニ、カーペット、そして多分銀製品ほか)

※古そうなものを買う場合には、まずそれを国外に持ち出す手続きが必要なのかどうか、店の人に確認しよう。

1、ラビハウズ前のバハウッディン・ナクシュバンディ通りを西に5分ほど行ったところにある「アート・ギャラリー」にて、国外に持ち出すアンティークの許可証明書を作る。タシケントの空港でもできるそうだが、ずっと高くなると言われた。本当だったのかただのおどしだったのか分からない。
写真2枚を用意。料金はスム払い。発送しないのであれば、とりあえずここですることはこれだけ。

2、郵便で発送するのであれば、証明書のコピーを1部とる。
郵便局で送り状5枚をもらい、ブハラ空港へ。送り状に住所等を記入してから証明書と品物と一緒に提出。審査が終わると、送り状4枚と品物だけ戻ってくる。手数料らしきものを請求される。

3、100番のミニバスで空港から中央郵便局に行けるが、局の前は通らないので、郵便局近くに着いたら教えてもらうよう運転手に頼んでおくといい。中央郵便局はブハラホテル近くにある。送り状4枚と証明書のコピーを渡す。梱包はやってくれる。日本へは航空便のみ扱い。郵便料金はスム払いだが、郵便局内では両替はできない。

 

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