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| コロンボで、人々が静かに花を供えていく美しい寺を見つけた |
| ■未知の国・スリランカへ■ 「ああ、困った・・・。やっぱり買っておくんだった!!」 スリランカのコロンボに降り立ったときに、早くも私は激しく後悔していた。 インドからスリランカ、モルディブと周遊する航空券が思ったより高かったため、インドを出る前にガイドブックを見つけたけれど、けちって買わなかったのだ。いいさ、たった10日間、重いし高いし、なしでもなんとかなるだろう。それが甘かった。 これまで旅してきた国のなかで、ガイドブックがないという経験はほとんどなかった。しいて言えば初めての香港はなかったけれど、広い場所でないし、観光資料も豊富だからべつだん困ったことはなかった。第一宿の情報は事前に得ていた。 だけど今回は行く予定のなかった未知の国・スリランカである。香港ほど身近でなし、どんな国か、どんな人々が暮らしているのか、安全なのか、ほとんど知らないのである。さて、一体大丈夫だろうか? ■何をおいてもまずは宿■ 空港からのバスは、どこだかさっぱり分からない場所に私を下ろした。去り行くバスの車掌に「宿はどこ?」と追いすがるように聞くと、向こうにそびえたっているヒルトンホテルを示された。違うんだってば。そんな高級ホテルに泊まれるわけないでしょ! ある街に着いたとき、旅人がまずとりかかるのが宿探しだ。余計な本がいっぱい入った私のバックパックは小さいくせに石のように重い。先日量ったら14キロあった。その上大きな手提げを抱え、カメラが入ったショルダーバッグをかけている。これらの荷物を引きずりながら、エネルギーが尽きる前に宿を見つけなければiいけない。体力のカウントダウンが始まる・・・。 こんなとき自分がどこにいるのか、どこに安宿があるか、それがいくらくらいするものかも分からないのは、いかに途方にくれることだかお分かりだろう。 しばらくあがいてみて、ようやく自分が駅の近くにいたことが分かった。スリランカ・フォート駅。果たしてこれがメインの駅かも分からない。そこへ得体の知れない人がやって来て、 トゥクトゥクは「ここらには宿はないよ」と堂々とのたまう。 もう体力のゲージは半分に減ってしまった。このままではウルトラタイマーが鳴り出してしまう。回復のため食堂に駆け込む。座っている若い女性が、パンを山盛りにした皿を前にしているのを見て目を丸くする。もしかしたらあれ、全部食べるのかな?まさか! 観察の結果、どうやら好きなパンを好きなだけ食べて、残りは下げているようだ。飛行機でたった45分飛んだだけなのに、インドとは違う食べ物と食べ方にわくわくしてくる。ガイドブックがあってそこに書かれていたのを読んでいたら「わあ、ほんとだ」程度だろうが、自分で発見すると驚きもひとしおである。
これ以降、ほとんど全ての街で同じように途方に暮れるはめになった。安宿の相場が分からない上インドより高いので、トゥクトゥクや客引きを信じられないし、見つかる宿にはいつも不満だ。宿情報は実際その宿に行かないとしても、どんな宿がどこに集まっていて、いくらぐらいからかを参考にする資料となる。それがないと宿探しに手間と時間がかかり、くたびれ果てることになりかねない。 ね、だからガイドブックはあった方がいいでしょう? ■街歩きに必要なのは元気な足と地図■ さて、宿でコロンボの中心に行くバスを教えてもらい乗ると、さっきのコロンボ・フォート駅に戻ってきた。なんだ、ここが中心だったんだ。全然そんな風に見えないじゃないの。 まずは街の地図がないことにはどうしようもないが、本屋は祝日で閉まっている。どうしてよりによってこういう日に来てしまうんだろう。観光案内所も開いていないし、売店にも置いてないのでもう手はない。でもこんな大都会、地図が無ければ街歩きをする気にとてもなれない。 今日一日が無駄になるかと思われたが、ふと妙案を思いついた。あの敷居も値段も高いヒルトンホテルなら、もしかしたら市街図を持っているかもしれない。意気込んでホテルの前にたどり着くが、地図だけもらいに行くのは気遅れがし、建物の前でとまどっていた。 そこへ現れたのがロングヘアーのドイツ人旅行者、フェリックス君。彼も市街図を探していたので、一緒にヒルトンに乗り込む。思いがけないほどスムーズに、きれいな市街図を無料でくれたのには驚いた。今までなんの関わりもなかった高級ホテルだけど、こんなときには役に立つものなんだな。ひとつ勉強になってしまったぞ。 フェリックス君もガイドブックを持たないで、スリランカに1週間の予定で来たと言った。 彼も今日コロンボに着き自力でYMCAを探し当て、ドミトリーに150ルピーで泊まっているという。私の3分の1の料金だ。思えば「深夜特急」の沢木耕太郎は「安宿がありそうな方角はだいたい見当がつく」というようなことを書いていた気がするが、私にはそういう、安宿を探し当てる能力がないのだろうか。しかし少なくとも、ガイドブックはなくても旅はできるものなのだ。それを忘れていた。 私もガイドブックなしで旅してみようかな・・・。ふとそんな気になった。 ヒルトンの地図はありがたかった。これだと見所がどこだか分からないが、公園や寺のマークをめざして適当に歩き回る。どこが一番有名な観光スポットなんだろう? ガンガラマヤという寺を目指す。もしかしたらたいしたことない場所かもしれない。しかし近づくにつれ、なんだかすごそうだぞと思い始めた。たくさんの人が寺に向かって歩いていく。入るととてもカラフルなお堂があり、その横にもいくつもの建物があった。建物の2階からは大きな木が生えていて、人々がひっきりなしに小さい壺で水をかけている。参拝者は花をひとつひとつ丁寧に供えている。穏やかな空気に満ちていて、インドのヒンドゥー寺院のように写真撮影禁止とか、50ルピー払えとか言ったり、信者でもない外国人旅行者にオイデオイデをして、寄付を迫るようないやらしさは微塵もない。 とてもいい場所を見つけてしまった。やった!今頃海岸でマンウォッチングをしているはずのフェリックス君は、この寺は見ないで行ってしまうかもしれないな。ちょっとだけ優越感。 自分がなんだか発見者になったような感じだ。後日「地球の歩き方スリランカ」を見せてもらったが、この寺の紹介はなかった。もしガイドブックがあったら、他のところにばかり行ってしまいこの素敵な寺の発見もなかったかもしれない。満足の笑みを浮かべる私であった。
■ナンパ、痴漢、そして・・・■ スリランカ男って、どうしてこうなの! 始めはスリランカの人々が、インド人よりもフレンドリーで笑顔がいいと思ったけれど、次第にいやになってきた。とくに若い男性グループなど、からかうようにこちらを見て笑ったり冷やかしたりするのにうんざりした。たった10日しかいなかったというのに、インドでは全くなかったナンパと痴漢にも何度か遭った。 大体観光地などの情報がなかったため連れて行ってもらったり、宿の場所が分からなくなって送ってもらったりした人がそうだった。今まで普通の話をしていたのに、いきなりこう切り出すのだ。 そういう問題でもないかもしれないが、最初はよく飲み込めていないのだ。そのうちに怒りが頭をもたげてくる。「こいつら自分の国の女性には絶対こんなこと言わないのに、外国人だからってばかにして!」 今までほとんどなかったことなので、もうとにかく腹が立って「あっち行け」などと罵倒しておさらばということが何度かあった。 恐らくガイドブックがあれば道に迷うこともなかっただろうし、お茶工場(観光地)に行くことも自分でできただろうに。ガイドブックを持つことは、身の安全につながるのだ。 さらに悪いのは、日本人のおじさんとの出会いだった。 インドで駐在員をしているという40代後半ぐらいのおじさんに会ったのは、世界遺産に指定されているシギリヤでだった。短期間でかなりリッチな旅をしており、タクシーをチャーターしてまわっているという。一人が二人になっても料金は同じだということで、次の町のポロンナルワまで乗せてもらうことになった。旅行者には分からないインドについていろいろ聞けるかもしれない。目の下がたるんだ、これといって際立った点はないまじめそうなおじさんだ。すごい日本語なまりの英語を話す。部下は大変だろうなあ。ま、人のことは言えないけれど。
「二人一緒でも値段は同じだし、あなたさえ良ければ泊まったらどう?なにもしないから」 そして部屋を一緒に見に行くと、おじさんは私がはっきり了解しないうちに一緒に泊まることにしてしまった。でも夜ガイドブック見せてもらえるだろうし、まあいいか。私は何も疑っていなかったのである。 宿は湖に面し、白塗りの瀟洒な姿を見せている。しかし宿泊したツインルームの内装はシンプルすぎるほどで、電気製品は電灯と扇風機しかなかった。これだけのいい宿に泊まっても、電話もテレビもエアコンもないのだ。シャワーも水だし、部屋は薄暗い。植民地時代に建てられた伝統ある宿なんだろうけれど、あまりに当時そのままだった。
危険は夜にやってきた。シャワーの後食事を済ませて宿に戻る。念願のガイドブックを見せてもらう。内容について話していると「どれどれ」と言うので本を見せに行く。おじさんがここに座りなさいというのでおじさんのベッドに座ると、いきなり腰を抱き寄せようとする。うわっ。私はびっくりして、 うっわー、こわ〜。一応何事もなかったように本を読みながら、まずいことになったと後悔する。しかしこれで私にその気がないことは分かっただろう、と思ったのだが・・・。 少しして寝ようとすると、なんと今度は私のベッドに近づき、「ね、いいじゃないの」と言いながら抱きついてきた。ひえ〜。 ああ、思い出すだけで気持ち悪い。私だって本当はこんなこと書きたくないのだ。しかしある程度自分をさらけ出さないと面白い文は書けないと思うから、恥をこらえて書くのである。そこんとこ汲んで、どうか最後まで頑張って読んでくださいね。 それにしてもとんでもないことになってしまった。もう大丈夫かもしれないけれど、不安なので防犯ベルを取り出して持って寝る。しっかしもう眠れんな。 「ねえ、やっぱりダメ?」性懲りもなくまたやって来た!もうとてもここにはいられない。夜遅いので気はすすまなかったけれど、荷物をまとめる。おじさんは自分のベッドに横たわりながらしゃあしゃあと「別に出ていかなくったっていいんだよ」などとほざく。 もう夜の10時半だった。南アジアでこんな遅い時間に宿探しをしたことはなかった。夜中に女性を追い出すなんて、人間じゃない!などと考えたが、私としては珍しく怒ってはおらず、真っ暗な道を悲しいような気分で歩いているのだった。 「私が同じ部屋に泊まったりしたから、いけなかったんだ」何度もそう考えた。でも、悪いのは本当に私だけだろうか?きっとあのおやじは、自分が悪いことをしたとは絶対に思っていないんだろうな。少しでも私のことを気に入ったとかいうなら1000歩ゆずって話は分かる。でもまったくそんな気配はなかったというのに!さっきまでまじめくさってインドのカースト制について話していたおじさんが、あんな風に豹変するとは?結局は、私を物とか動物と同じようにしか見ていなかったということだ。しかもせっかく明日も途中まで一緒に行動する予定だったのに、今日築いた信頼関係を全部ぶち壊すような態度をとったのだ。 悲しい気分の正体は、私の心についた傷だったと分かった。この歳になってこんなことで傷つくなんて。それだけ今までこうしたことには縁がなかったのである。 幸いまだ宿の人々は眠ってはおらず、一つ目の宿は一杯だったが、そこの主人が別の宿にわざわざ連れて行ってくれた。こんなに遅くにやってくる旅人はいないのだろう。みな少し不思議そうな顔をしていたが優しく応対してくれた。このときほど、スリランカ人の親切がありがたく思えたことはなかった。 もしガイドブックがあったなら、こんなことにはならないで済んだのかも・・・というのはちょっとこじつけ臭いが、ありえることだ。情報があれば、私は人に頼らずに行動したかもしれない。 ね、だからガイドブックがあった方がいいでしょう? ■まとめ■ 最後に私が気付いた、ガイドブックのよい点悪い点を挙げてみた。 ガイドブックがないと ガイドブックがあると 私の意見では、初めての国ならとくに、やはりあるに越したことはないと思う。情報に左右されるされないは本人の問題だし、ガイドブックがないからといって独自の旅ができるとは限らない。どうしても重いのであれば図書館で市街図と国の全体図などをコピーして持っていくか、それに加えて、宿のページも各都市1枚ぐらいのコピーを追加するなどがよいだろう。その場合には「事前の準備」というひと手間がかかることになる。 まあ、関連した本を読むなどの事前の準備はたくさんした方が、基本的に旅はさらに面白く有意義な時となるとは思うけれど。 ガイドブック―どんなに多くの情報と知恵が、一冊の本に織り込まれていることだろう。各都市の詳細情報が手に入りにくく、また変わりやすいことを思えば、それを作る手間は全く気が遠くなるほどだ。 新刊の海外ガイドブックを1冊作るのには、普通1年かかると聞く。高くても、良いガイドブックはそれだけの手間と時間をかけて作られているのだ。値段に見合った、もしくはそれ以上の内容が旅人に提供されるのである。だからさあ、君も本屋に急ごう! かくいう私は、決して出版社のまわし者ではないよ。念のため。 (旅行時期 2003年3月) |
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