バングラデシュの家族■

ディナジプールの街。この写真では分からないけれど、街並みにとても味があっていい


人との出会いが旅の楽しみ―バングラデシュ

バングラデシュの魅力は、人がとてもなつっこいことだ。

旅行者が少ないからか、根っからの外国人好きなのか、あるいはただの気晴らしなのか。街を歩けばひっきりなしに声をかけられ、観光をすればたくさんのお供を引き連れることになる。チケットを買いにオフィスに入ると、用もない人も足を止め、にこにこしたたくさんの目に見つめられる。リキシャ(人力自転車)に乗ると人々の視線が集まり、声をかけられる度に笑顔で手を振り返すことになる。

まるで皇族とか、人気スターにでもなったような気分である。

もちろん、頼まないのについてきてお金をせしめようとする人もいる。やけに親切だと思ったら、最後に出る言葉は「バクシーシ(喜捨)」。ああ、やっぱりおまえもか。だけどここはインドに近いし、インドではもっとひどいらしいから、まだましなのだろう。世話になったと思った時だけお礼を渡す。

ここは、親切にお金で報いることができる国なんだ。きっと彼らは、そうされることに抵抗がないのだ。それはそれで、時には楽なことかもしれない。こんな結論に至った。

しかしそれが正しくなかったことは、ある家族との出会いによって分かった。

ディナジプールの薬屋にて

バングラデシュ北西部のディナジプールという街で、時間が余ったので街歩きをする。ただぶらぶらしているだけでも決して飽きることがない場所だ。華やかなリキシャの群れ、ベンガル文字の看板、レトロな商店、民族衣装を着たたくさんの人々・・・。ほこりっぽい細い道にこれらがひしめき、懐かしい独特の雰囲気を作っている。

歩いているだけでも楽しいが、きっと声をかけられるだろうということも計算に入れていた。

リキシャの運転手

案の定、ある薬屋さんに呼び止められた。たくさんのおじさんやお兄さんに囲まれて、質問攻めを受けながらスプライトをご馳走になる。彼らの英語はカタコトだったりなまっていたりして、よく分からない。だけど、みんないかにも嬉しそうにニコニコしている。

そろそろおいとましようかと思っていると、店主のおじさんが「自分の家に連れて行く」と、バイクにまたがった。大丈夫かなと不安がる私を乗せて、どんどん小道を進んで行く。

薬屋にて。誰が店の人なのか客なのかさっぱり分からない

おじさんの家を訪問

「これがワイフだよ」
入り口にたたずんでいた奥さんは、当惑の体であわてて挨拶の言葉を述べた。家の中には娘と息子がいる。いきなりの外国人に、さぞびっくりしたことだろう。申し訳なく思う気持ちで、こちらの方がかえって萎縮してしまう。

しかし白黒のテレビを見たり、食事をいただいたり、家族と談笑したりしているうちに、知らない人の家に入った居心地の悪さは、いつの間にか消えていった。

「さあ、食べて」
ご飯の上にダールという豆の汁をかけたものが出される。黄色くて、辛くはないが味はちゃんとある。生まれて初めて手づかみでご飯を食べた。手の方がおいしく食べられるという人もいるが、もちろん味が劇的に変わるわけではない。だけどいったん手で食べることを覚えてしまうと、金属のスプーンを使うことが味気無く思えてくるから不思議だ。

食後にはムリという米菓子と紅茶が出された。マスタードのような辛い味がついたムリと、甘〜い紅茶の取り合わせはよく合う。

奥さんは英語はカタコトで、分からなくなるとベンガル語で矢継ぎ早に質問を浴びせ、私を困らせる。明るい人で、本当に嬉しそうにはしゃいでいた。「アッチャ(分かった)」を連発するのが面白い。次々と入ってくる近所の人に私を忙しく紹介している。

おじさんは頭頂が薄くなり、左右両端に残るカールした髪の毛と、丸いおでこに愛嬌がある。私のことを「シスター」と呼び、すっかり兄妹の気分になっているらしい。私が「ブラザーは一人・・・」と言いかけるたびに聞きとがめる。おじさんを含み「ブラザーは2人」と言わせたいらしい。

かわいい甘い顔をした娘さんは14歳。両親よりも英語が上手だ。
「住所教えて・・・私も手紙書くから、あなたもきっと書いてね。そして、私たちのこと忘れないでね」
そして言うには、
「私達、みーんなあなたに泊まっていって欲しいと思っているの」
これは困った。私はもう決まったホテルがあるし、明日は早く去ろうと思っていたのだ。泊まったりしたらかえって迷惑だろう。

だけど我ながら意外なことに気づいた。まだ1時間しかたっていないというのに、すっかりこの家族との居心地がよくなっていたのだ。普段ならこんなことはめったにないのに。どうしてだろう。それは彼らが表面をとりつくろっている訳でなく、心から私を歓迎してくれていると確信できたから。泊まりたいのはやまやまだった。断りの言葉を言うのは相当つらかった。

奥さんと娘さん

家族との別れ

それにしても、不思議に思う。

どうしてここまで見事に、短時間で人に親しみを感じることができるのだろう。ただ外国人というだけで!もしかすると一種の才能なのかもしれない。最後に奥さんは、感情をこめてお別れの言葉を言い、私をひしと抱きしめた。
「今度またバングラデシュに来たら、ホテルには泊まらずうちに来てね。弟さんもぜひ一緒にね」
娘さんは、寂しそうな笑顔で私と握手をした。
「あなたが泊まってくれないと、すごく悲しいわ」
なんだかウルルン滞在記みたいだ。これで1泊しようものなら、涙なしの別れは不可能かもしれない。

おじさんと一緒にバイクにまたがる。バングラデシュ風カフェで甘いデザートをおごってくれ、さらに薬屋に戻ってミルクティーをごちそうになり、お腹が一杯のまま宿に送ってくれた。こんなによくしてもらって、お礼をしないでは気が済まない。私は大急ぎで部屋に行き、ハンカチとお金を少々取って戻った。きっとバングラデシュの人は、お金でお礼をしても大丈夫だろう。そう思っていたからだ。

だけどおじさんは、お金だけは受け取らなかった。無理に渡そうとすると、いいよという身振りをしてバイクに乗って行ってしまった。
「困ったことがあったら、すぐに電話して」の一言を残して。

やはりこの国でも、お金を受け取らない場合というのはありえるのだ。彼が「シスター」と私を呼んだのは、本当に心からの言葉だったんだなあ。

しみじみと、嬉しい気持ちで一杯になった。

もう来ることはないだろうと思っていたバングラデシュ。だけど今からもう一度訪れたくなってしまった。そのときはきっと、あの家族を第一に訪れよう。きっと、私を忘れないでいてくれることだろう。

(旅行時期 2003年1月)

 

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