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盆栽樹種とか山野草とか、白然の植物を栽培するについて「枯れたら採ってくれば良い、それがダメなら買えぱ良い」という安易な風潮がないであろうか。
少なくとも山草界には「自分は学者ではない、単なる趣味家だから生理生態などわから なくても具体的な栽培術の結論だけ得られれば良い」とする傾向が強いように見うけられる。
ただヤミクモにできれぱ良い、成功している人もいるのだからと、枯らしては挑戦を繰返すことになる。
しかし盆栽でも山野草でも、本来生理坐態を理解することが、栽培術向上の近道と心得るべきだと思う。
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以前『ボンサイの神・舎利作り』について、そのときも、神・舎利作りの時期は、5月頃を中心に行なうべしと述べておいたが、今年ほど痛切に感じたことはないので、改めて述べておきたい。
それは、神・舎利の作成、更新は、5月上旬に始めたが、終わりは奄月下旬までかかってしまい、最後には作業が極めて困難になったからである。
否、それは最後ではなく、仕事がやりずらくなったから6月下旬でやめてしまい、残りは来年回しにしてしまったのである。
かつて『神・舎利の作成』を書く以前は、杜松、真柏は、充分水を上げている時期は、何時でも剥皮は容易に行なえる思っていた。
不用意なことはできないと、1年余りの準備をして書いたから、かなり研究したつもりであるが、今年また改めて思い知らされた。
一口に『神・舎利の作成』と言っても、幹の部分だけ行なうのと、枝先の細くなったところまで行なうのでは、大いに作業の難易は違う。
5月の内は、生育の良い樹であれぱ、どの部分でもだいたい容易に皮は剥るが、6月を迎えると幹の部分は大体剥げるが、枝の細いところは極めて困難になる。
何故こうしたことになるか、考えて見よう。
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