オイディップスの物語A
親の因果が子に報い


   モロー『オイディップスとスピンクス』
 物語はライオスの子供が捨てられた時代に遡る。

 ピンを突き刺されたまま、乳飲み子は山に捨てられたが、彼は運良く心清い牛飼いに拾われコリントスの王夫婦に捧げられた。
 子供のいない夫婦は、これを大変喜び、「オイディップス」と名付けた上で我が子のように育てた。
 オイディップスとは「腫れ足」と言う意味だ。
 ピンで刺された足が腫れていたことから、こう名付けられたのだろう。
 こうしてオイディップスは王子として生まれ、一度は捨てられたにも関わらず王子として育つ事になった。
 コリントスの王と王妃は我が子のようにオイディップスを慈しみ、オイディップスは彼らを両親として尊敬し、成長したオイディップスは文武両道に秀でた世継ぎとなった。
 数少ない短所を挙げるとすれば、少々短気だったかもしれない。
 オイディップスはある日、友達と言い争っていた。
 この時、友人から自分が国王夫婦の本当の子供ではない、という事実を聞かされた。
 ビックリして両親にこの事を問いただすと、父も母もオイディップスは本当の子だよ、と言う。
 その言葉にどこか不自然さが見え隠れがした。
 今度はオイディップスはデルポイにあるアポロンの神殿に僅かな共を連れて真偽を確かめに行った。
 アポロンの巫女はオイディップスの質問には答えず代わりに「父を殺し、母を妻とするだろう」と告げた。
 この答えに衝撃を受けたオイディップスはコリントスの両親の元には帰れないとばかりに、共を置いて当てのない旅に出た。
 なんだかんだ言ってまだ、コリントスの王夫婦を本当の親と信じていたのだ。
 オイディップスはテバイに向かった。
 テバイに向かう狭い山道で、オイディップスは馬車に乗ったライオスに出会った。
 親子の邂逅。
 しかし、ライオスはこの時出会った若者に「道を開けよ」と命じただけだった。
 この命令口調に、オイディップスは思わずカチンときた。
 オイディップスは道を譲らず、 思わず王を崖から突き落としてしまった。
 オイディップスもライオスもこの時、双方が実の親子だと言うことは全く気がつかなかった。


   アングル『オイディップスとスピンクス』
 テバイにオイディップスが着くと、国は大騒ぎだった。
 町の西側でスピンクスが謎々を仕掛けては通行人を襲っていたので、ライオス王がこの怪獣についてデルポイに神託を伺いに行くところだったのだ。
 ところがその王も山賊に襲われて死んでしまった。
 世継ぎの無いままの死亡だったので、国は沈んでいた。
 王妃の弟のクレオンが摂政として代わりに国政に参加していたが、彼にもスピンクスの問題はどうにもならなかった。
 テバイの国にお触れが出た。
 それは「スピンクスを退治した者は未亡人となった王妃を娶り国王になれる」という内容。
 オイディップスはスピンクス退治に挑戦しようとした。
 何しろ彼は国も捨ててきたくらいだから、恐れも何もない。
 国境付近に怪物スピンクスがいたので、オイディップスは謎々に挑戦した。
 スピンクスが出した問題と言うのは、
「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足になるものはなーんだ」
 というもの。
「答えは人間」
 とオイディップスは答える。
 たったこれだけの謎々に、テバイの国民は四苦八苦していた。
 スピンクスは謎々が破られたのを嘆いて、そのまま崖から身を投げて死んでしまった。
 テバイに凱旋したオイディップスは、未亡人となったライオスの妻と結婚し、テバイの王となった。
 王子として生まれ父に捨てられながらも、王子として育ち、テバイの王位を継いだのだから、ある意味オイディップスは幸運なのかもしれない。
 しかし、彼が知らずに妻としたイオカステは、生き別れたオイディップスの実の母だったのだ。
 イオカステとの間に双子の男の子(ポリュネイケスとエテオクレス)と女の子二人(アンティゴネとイスメネ)が生まれた。
 夫婦仲もよく子供たちにとっては良い父親と、オイディップスはなった。
 国王としては善政を施し国民に慕われた。
 しかし、ここからが悪い事ばかり続く。
 テバイの国に飢饉、疫病、災害が立て続けに降りかかる。
 ここは一つ、神託を伺うべしと、かつてそうしたようにアポロンの神殿に王妃の弟クレオンを向かわせた。
 
 

 その答え。
 それは「先王の殺害者の罪によるものだから、そいつを探し出して追放するべし」 というもの。
 まさか犯人が自分だとは思わないオイディップスは、先王殺害の犯人を国を挙げて捜査する。
 テバイの預言者テレイシアースがやってきて、渋る預言者がようやく重い口を開く。
「先の王ライオスを殺した犯人は他ならぬあなたです、オイディップス王」
 重い空気が流れる中、コリントスから使者がやってくる。
 父であるコリントス王が亡くなったので、戻ってきてください、と使者は言う。
 オイディップスは戻りたいけど、戻れない。
 かくかくしかじかと、使者とオイディップスの会話が交わされる。
「アポロンの神託で、私は父を殺し母を犯すと、言われました。父を殺さずに済んで良かったけれども、母を犯したくありません」
 と、オイディップスは言った。
 それを横で聞いていた、妻イオカステの顔色がサッと青ざめる。
「それは早計でした。実は王子、あなたは捨て子だったのです。コリントスの山の中で足にピンを突かれて捨てられていたのを、当時牛飼いをしていた私が拾いまして、国王夫婦に届けました」
 元牛飼いの使者、国王にささげた男の赤ちゃんが気に入られて、牛飼いから国王の側近に出世していた。
「だから、王妃を襲うなんてあり得ません」
 と使者は言う。
 元牛飼いは何も悪いことを言っているとは、思わなかったのだろう。
 しかし、「足にピンを刺された子供」と言うフレーズが、イオカステの脳裏を巡る。
「と言うことは、オイディップス……。そなたは、私の子」
「ええ!」
 とっくに予言は実現していたのだ。

 その後、イオカステは首をつって自殺し、オイディップスは妻であり母でもあったイオカステのブローチのピンで今度は自らの目を刺して、長女アンティゴネだけを従えて国を出た。
 前国王殺害者は国外追放と自分が出した触れに、自分が従う形となってしまった。

 盲目となったオイディップスは代わりに、他の五感が敏感になった。
 オイディップスは国王である自分が去った後、残された双子の王子の権力争いを予言したが、この王子たち、妹のアンティゴネほどには親思いではなかった様子。
 殺人者である父をさっさと国から追い出し、クレオンを摂政とし一年交代でテバイを治めたが、後に王位に着いたエテオクレスがポリュネイケスを追放してしまった。
 この時、ポリュネイケスは「ハルモニアの首飾り」を携えてアルゴスに逃げたという。
 この「ハルモニアの首飾り」は後に賄賂に大変役に立った。
 ポリュネイケスはアルゴスの王女と結婚し、アルゴスの兵士を従えて故郷テバイに攻め込んだ。
 その中の一人、アンピラオスは入隊することを拒んだので、彼の妻に「ハルモニアの首飾り」を差し上げて、妻の勧めでアンピラオスは入隊した。
 この兄弟喧嘩にも似た戦争で、アルゴスの兵士6人が死に、エテオクレスとポリュネイケスも相打ちで死んでしまった。
 ちょうどこの時、帰国したのが長女アンティゴネ。
 父オイディップスとともに、アテナイの王テセウスに保護されていたのだが、オイディップスが亡くなったので戻ってきたのだ。
 戻ってきたところ、兄二人も死亡していたので、驚いていいのやら悲しんでいいのやら。
 テバイは再びクレオンが治めたが、このクレオンの出した布告がひどい。
 テバイの死者は葬儀を出すが、敵方は弔ってはいけない、という事だ。
 二人の兄のうちポリュネイケスはアルゴス側として戦死したので、葬儀もせず死んだその場所にそのままにされた。
 腐敗の進む兄の遺体を見ながら、アンティゴネは悲しんだ。
 我慢し切れなかったのだろう。
 アンティゴネは兄の遺体に土をかけたが、それがクレオンに見つかってしまった。
 クレオンは法に背いたアンティゴネを逮捕し、牢に入れた。
「兄弟と言えども、敵は埋葬してはならない」という人が定めた法と、「兄弟は何があろうとも手厚く葬る」という神が定めた自然界の常識の葛藤は、文学や美術ではなく法学でよく引き合いにされるらしい。
 牢に入れられたアンティゴネを開放して欲しいと願い出たのが、アンティゴネの婚約者だったハイモン。
 彼はクレオンの息子だ。
 ハイモンがアンティゴネが閉じ込められた牢に行くと、既に生きていることに飽きた彼女は母イオカステがそうしたように首をつって自殺していた。それを見たハイモンも自殺してしまった。
 ハイモンに死なれた母エウリディケも悲しんで自殺してしまった。

 その後、王位は残ったもの、甥と姪、息子と妻に先立たれてしまったクレオンは、なおもアルゴスの6人の兵士たちを埋葬しないままほったらかしにしていた。
 その兵士の遺体を返して欲しいと、言ってきたのがアルゴスの王。
 それを断ると今度はテセウス率いるアテナイの侵攻が始まった。
 このテセウス、ギリシャ神話を代表する英雄の一人である。
 癖のあるキャラクターゆえ彼の人物評については賛否両論あるが、とにかくめっぽう強いことだけは先に明記しておく。
 さすがにテセウスの軍隊には歯が立たず、クレオンはアルゴス兵の遺体を渡した。
 テセウスは国を追われたオイディップスを匿った人なだけに、それなりに情も深かったのだろう。
 テセウスがアルゴス兵の屍を荼毘に付し、これにて復讐劇は終了する。
 とりあえず……。


 


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