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| FILE64 ウバユリ Cardiocrinum cordatum (Thunb.) Makino |
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| 図1 ウバユリの群落 河川敷のヨシ(草本層)から抜きんでて花を咲かせている。(平成12年8月7日) |
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| 図2 金沢市中心部の公園内の群落(平成12年8月21日) |
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| 図3 花をつけた株 |
図4 花序 |
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| 図5 花の下に苞が付いている |
図6 雄しべの葯が下向きに並んでいる。花を訪れた昆虫の背に花粉が付くことになる。 |
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| 図7 若葉(4月) |
図8 枯れかけた葉(8月:花の頃) |
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| 図9 花の終わった直後 |
図10 熟した果実 |
図11 果実が熟した頃の葉。枯れている |
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| 図12 裂開した果実 |
図13 種子 |
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| 図14 冬越しをする娘鱗茎(12月23日) |
図15 娘鱗茎(図14の右端のもの) |
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夏に開花し、2m近くにも育つ壮大なユリ科の植物ですが、見方によれば多少グロテスクな花でもあります。
一見して、他の多くのユリ科の植物とは次の点で異なっています。葉脈が網状脈(単子葉植物の多くのものは平行脈)であり、花も左右相称であることなどです。
1 ウバユリの語源について、
牧野日本植物圖鑑(北隆館)では、「花ノ時、歯(葉)既ニ無シトテ之レヲ姥に譬ヘ此称ヲ得タリト云ウ。」と紹介されています。一般には、この説が通っていて、分かりやすく、「花が咲くとき、すでに葉(歯)がないというしゃれからつけられたという。」と紹介されており、みなさん納得されているようですが、私には納得できません。
花の時期には、葉は多少傷んではいますが、必ずしも無くなっているわけではありません(図2・3)。
また、仮に葉が無くなっていたとしても、歯がないのは、年老いた現象の一つですから、「葉(歯)が無いから老女である」というのは納得できますが、「花の時期に、葉(歯)が無いから老女」だという論理に納得できないのです。[花の時期に]という注釈には意味がないのです。
また、私の植物学上の恩師である故里見信生先生は、青渕420号の中で「歯がない年齢にもかかわらず、なお、女の色気を保っている姥にたとえたもので、昔の人は粋な命名をしたものである。」と解説されています。
週刊朝日百科植物の世界では「開花時には葉がぼろぼろに朽ち果てて、老婆を連想させることによる、とされる。」とあります。朽ち果てての箇所については少し?ではありますが、花の時期にすでに葉が痛み出しているので、「花盛りの時期に、すでに老女のおもむきである」ということで理解はできます。
一方、果実の成熟した時期には、葉はほとんど完全に朽ち果てています(図11)。果実の時期とは、人生で言えば、子ども達が就職・結婚をし、親としての心配が一応無くなったとき(流行の表現を借りれば、熟年)と言えましょうか。熟年を迎えて歯が無くなってしまった姥のようなユリと見ることもできます。
と言うようなことを議論していましたら、ウバを「姥」ではなくて、「乳母」と解釈して、「大きな葉は(乳母として)植物全体と花を育てるのが役目で、育てた花が開く頃葉が無くなることが多い。つまり役目として育てた娘が花盛りとなる頃、葉(歯)が無くなる。したがって、乳母百合である。」という解釈があることを、林二良さんから教えていただきました。これもなかなか良い説だと思います。
地方によってはウバユリの鱗茎からデンプンを取って「乳」の代わりに利用したとの話を聞きます。そして、「カタクリ」と呼ぶ地方もあるそうです。これなどは「乳母百合」としての解釈に合います。
読者の皆様はどのような解釈がお好みでしょうか、私は、「花盛りの時期に、すでに老女のおもむきである」ですが。
2 さて、今回登場のウバユリですが、
読者の中には、変種のオオウバユリでは、と疑問の向きもあるかも知れませんが、石川県の研究者の間では多くの場合、ウバユリとオオウバユリとを区別しないでウバユリを広い意味で使っています。
ウバユリとオオウバユリの相違点は、
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花の数 |
葉 の 形 |
高 さ |
主な生育地 |
| ウバユリ |
数個 |
卵状楕円形 |
50〜100cm |
照葉樹林 |
| オオウバユリ |
10〜20 |
広卵形(幅が広く先が丸みをおびる) |
100〜150cm |
夏緑林 |
とされていますが、石川県では一応オオウバユリらしい群落やウバユリらしい群落も識別されますが、同じ群落の中でも、開花段階で草丈2mのものから、20cm程度のものを含んでいたり(古池 博、1987)、私の観察している図1の群落(鳥越村山中の川原)でも花数(果実の数)が4から27個までと変化に富んでおり、また花も大型であるなど両者を区別することが困難である場合が多いからです。特に両者の区別が困難なのは中部日本のブナクラス域とヤブツバキクラス域の境界付近で著しい多様性がある(古池 博、1987)とのことです。
この問題については、古池博氏が詳細に論じていますが、学術論文であって、本HP上の紹介にはなじまないので、ここでは深くは触れないでおきます。研究されたい方は、著者と連絡を取られたい。仲介の労はお取りします。
3 次の話題は、種子散布についてです。
1つの果実の中には、周りに銀白色の薄い膜をもった風散布型の種子を少なくとも600個ももっています(図12・13)。普通、風によって散布されるときには、わずかの風でも揺れるようになよなよとしている方が得策だと考えられますが、ウバユリの花茎は少しくらいの風では揺れないがっちりした構造です。また、果実(刮ハ:さくか)は全開せず、しかも、わずかに開いた部分も繊維で格子のように塞がれており(図12)、上の方が開放されているだけです。種子はなかなか落ちないような仕組みになっています。ですから、強い風が吹いたときでなければ、種子を遠くへ運んで貰うことができないわけです。逆に言えば、種子を遠くへ運んでくれるような強い風の時にだけ、種子が散布されるような仕掛けになっているとも言えるのではないでしょうか。主として、林床に生えるウバユリにとっては、強い風で森の中を吹き飛ばされることが有益なのでしょう。しかし、実際には、林床にはそう都合良く強い風が吹くとは限らないので、親株の近所にこぼれて、1カ所で大きな群落を作ることがしばしばです。
種子1000個の重さを測定したところ、2.845g
でした。1個 約3mg ということになります。
もう一つ種子散布については著しい特徴があります。12月23日に、図1のフィールドへ行ったところ、ほとんどの果実で種子が2/3以上も残っていました。先に述べたように、「果実は全開せず、しかも、わずかに開いた部分も繊維で格子のように塞がれ」ているからです。中には、種子をたくさんもったままで、倒れている茎もありました。どうもウバユリは種子散布が下手なようです。
4 最後の話題は娘鱗茎についてです。
ウバユリは多年草で、種子から発芽して、6〜8年目にようやく開花し、開花した個体はその後枯死してしまうという典型的な1回繁殖型の植物です。ウバユリのもう一つの特徴は、植物体がある程度成長すると母鱗茎の基部に数個の娘鱗茎を形成し、開花・結実した親個体が枯死すると、親株から分離独立して、幼植物を形成するという栄養生殖を行うことです。冬(12月23日)に、図1のフィールドで枯れた親個体を掘り起こしてみました。果実が8個付いた1m78cmの個体でしたが、娘鱗茎が3個付いていました(図14)。親株から簡単にはずれてしまいました(図15)。この娘鱗茎は大きいので、次世代を種子から始めるのに比べればはるかに効率が良いことになります。
文献:古池 博.1987.ウバユリ属の苞の意義について.植物地理・分類研究 35:107-111.
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