FILE125
 ウマノスズクサ  Aristolochia debilis Sieb. et Zucc.
  ウマノスズクサ科 Aristolochiaceae)
第1部

学名は日本の野生植物(平凡社)によりました。

 学名の Aristolochia は、「最良 aristos」+「出産 locheia」で、曲がった花の形が胎児を、基部の膨らみが子宮を思わせるため、出産を助ける力をもつと考えられたことによるという。種小名の debilis は「弱小な、軟弱な」の意味とのことです。(図説 花と樹の大事典を一部改変)

 ウマノスズクサは私にとって、特別に思い入れのある植物です。
 本棚に1冊の本があります。植物採集手帳(中山周平 著、北隆館、昭和26年)です。私は昭和15年生まれですから、11歳の時に出版されています。何歳の時に買ったかは不明ですが、おそらく中学生の時です。非常に刺激的な本で、若い日に、植物研究のおもしろさを教えてくれた大恩ある書物です。もっとも、このような本を買ったということは、それ以前から、植物に興味を持っていたということなので、出発点がどこにあるかは、今では定かではありません。ともあれ、この本が私の植物研究の原点のような本なのですが、ここに、ウマノスズクサについての記事があり、非常に印象深く、細かいことは忘れていましたが、あらすじはよく記憶に止まっていました。長くなりますが、次に引用してみます。

「新村太郎さんが1949年にだされた『昆虫の世界』という本の中でウマノスズクサの花と、こん虫との関係をのべておられます。新村氏によるとウマノスズクサはラッパ形の花で、その花の奥底に柄のない柱頭があって、おしべは、めしべにくっついて柱頭のすぐ下にあり、花べんの筒の部分の内側には、中にむかってかたい毛がならんで生えていて、小さな虫が蜜にさそわれて中に入ると、この毛のために虫は外にでることができずにいます。その中におしべから花粉がでる頃になると、毛はしぼんで落ちてしまうので、花粉をつけた虫は外へでて外の花にはいり、花粉を柱頭につけるのだそうです。ところがこの記事は明治41年に発行された『顕花植物分類学』にある外国の話です。私は昭和21年の夏、ウマノスズクサをしらべた時、花を解剖して中に小さなコバエのなかまが5頭も入っているのに驚きましたが、このコバエは皆死んでいました。花をよくしらべてみますと、丸いたまのようになった花の底の部分では内側にある毛が外、つまり花の入り口にむかっているのに対し、つつの部分の毛は花の内部にむかっていたので、中にはいったコバエのなかまが外にでることができず死んでしまったのだと思いました。このことについて私はまだよく花と虫との関係をしらべていませんが、私のしらべたウマノスズクサは、外国産のものとはだいぶちがうようです。皆さんもぜひウマノスズクサがみつかりましたら、研究してください。」というものです。

 石川県には、ウマノスズクサの自生が少なく、学生時代に、宝達町の路傍に群生していたのを採集して、恩師の里見先生に見て頂いたところ「ウマノスズクサだ、石川県には少ないね」といわれて感激したことを今でも覚えております。その後、2〜3回、見たことはありますが、詳しく観察する機会はありませんでした。2003年、ようやく身近で見る機会に恵まれました。山手のとある公園でした。道路脇の草地に、ウマノスズクサがにょきにょきと茎を伸ばしていました。残念なことに、公園なので、草ぼうぼうにしておくことができず、年に何回かは徹底的に草刈りがなされ、少し大きくなったと思う頃には、また刈り取られてしまいますので、ここでは、果実はおろか花も見ることはできませんでした。そういう刈り取りの被害にあったものの一部を自宅へ持ち帰り、育ててから、3年経過した昨年(2006年)、1花だけ咲き、今年は、花がどんどん咲き続け、ようやく詳細に観察できることになったものです。
 私が、本を読んでから50年以上たった後まで、その内容から受けた刺激を持ち続け、いつかはウマノスズクサを詳しく観察したいと思い続けた、そのような思いをいまの時代の人達にももって頂き、植物を研究したいとの希望をもつ人が表れてくれたなら本当に幸せです。私が、「知るほどに楽しい植物観察図鑑」を出版したのも、こんなところに原点があったのかも知れません。そして図らずも、「知るほどに楽しい植物観察図鑑」では、すべてが解明されたこととはなっていません。たくさんの謎を残したままのオープンエンドになっております。何らかの興味を覚えた人が、心の中に「興味」の炎を燃やし続けて下さるならば、これほどうれしいことはありません。

1 名の由来
 ウマノスズクサの名は、「花の形は独特なもので、長い柄の先に球状の部分があり、これからラッパ状の花筒が伸びている。(中略)。和名はこの球状の部分を馬に付けた鈴に見立てたものとなっている。」や「花が馬の首にかける鈴に似ることからこの名が付きました。」等、花の球形にふくらんだ部分(柱頭室)に語源を求めたような記述がありますが、これは間違いだと思います。膨らんだ柱頭室の部分が「鈴」に似ていたとしても、奇妙な花の形を特徴づけるラッパ状の花筒と舷部の部分を無視した命名は肯(うなず)けませんから。
 「裂開した球形の実の裂片が垂れ下がっているのをウマの首にかける鈴に見立てた。実は球形で六つに裂け、裂片から柄が出て垂れ下がる。」(図説 花と樹の大事典)とのことです。単に球形の果実であるというのではなく、熟して裂けた状態が、馬の首にたくさんの鈴をぶら下げてシャンシャンと鳴らしていたことに重ね合わせてあるのです。ここが重要だと思います。伊勢の方言で「すずなり」というのがあるそうです(日本植物方言集成)が、これも、1個の鈴ではなく、多数の鈴がぶら下がっている状態を表しています。私は未だ果実を見たことがありませんし、「馬の鈴」も見たことがありませんので、いまひとつイメージが確定しませんが、国分八幡(鹿児島神宮)の馬の鈴に似せて作ったという縁起物の土鈴が似ているかも知れませんね。
 「果実がなる有様が馬の首に掛ける鈴に似ていることから名付けられたということです。」や「熟した果実が球形で馬の首にかける鈴に似ていることから『馬の鈴草』の名前が付けられました。」等は果実にポイントを置いてありますが、「裂開」については注意が行き届いていないように思われます。このような誤解は、「果実はめったに見られない」(野に咲く花 山と渓谷社)ことのほかに、川の土手や道路脇に生育することが多く、ある程度大きくなると刈り取られてしまう等で、果実を見た人が少ないのが原因ではないかと考えています。野に咲く花(山と渓谷社)には、果実の裂開した正確な図があるので、参考にご覧下さい。私としては、ぜひ実物の果実を見てみたいと思っています。
 山渓名前図鑑 野草の名前(高橋勝雄.山と渓谷社)の夏編に、「この実は馬兜鈴(ばとうれい)という生薬で、葉が”馬兜(うまかぶと)”に似るからである。馬兜は戦場に向かう馬の顔の正面に当てる防具である。馬兜は”馬面”といった。」とあります。なるほど、葉の形は「馬面」といえなくもありません。馬兜に似た葉を持ち鈴のような果実ということですね。
 前置きが長くなりましたが、先ずは、花の形を見て下さい。この不思議な形の花を見ると、誰でもウマノスズクサの虜になること請け合いです。さらに、この花に秘められた謎に触れると、これはもう、「ウマノスズクサ・ファン」になってしまいますね。

2 花の構造
図1 ウマノスズクサの花。楽器のサキソフォンみたいだ
とは、見事なたとえだ。(2007年7月10日)。

図2 花の各部の名称。花の後半部を切断してある。

 萼筒の先端が膨らみ、斜めに断ち切られたような形をし、萼筒の基部は丸く膨れて雌しべや雄しべを入れる部屋になっています。大きな6個の柱頭が目だつので、柱頭室と呼ぶことにします。ウマノスズクサのことを十分知らない人は、この柱頭室のことを子房だと思ってしまいますが、子房はその先にある花柄の先端で少し太くなった部分です。
 さて、花がこのように不思議な形をしているということは、必ずや何か受粉に関して特別な仕掛けをもっているのではないかと期待がもてます。


 
図3 蕾(つぼみ)も奇妙な形だ。翼竜の中に、こんな頭部
をしたものがいたような気がする。

図4 蕾から開花する様子。

 ウマノスズクサは独特な姿の花で興味を掻き立てられ
ますが、蕾(つぼみ)の姿と開花後の姿にはかなりの隔
たりがありますね。どのように開花するのかを観察しまし
たが、想像以上に困難でした(一番の大敵は、蚊の襲撃
です。)。途中段階は見かけることがあるのですが、開花
の瞬間を見るのは大変でした。花によって、ずれはありま
すが、多くの花は早朝に開花します。6時頃に起きたので
は、開花し終わっていることが多く、それでも、当日開花し
そうな花の前にカメラを準備していてもなかなか咲かず、
ちょっと油断している間に開いてしまうということがたびた
びで、なかなか写真に捉えることはできませんでした。あ
る時見ていると、蕾の真ん中に紫色の筋が走ったように
見えました。いまだ、と撮影したのが図4です。とにかく、
第一段階はとても素早く、するするっと開いていき、後は
ゆっくりと舷部が巻いていきました。
 画像にはカバーガラスが写っていますが、柱頭室を切
断して、中へ入ったハエを観察するためのセットです。
 それでは、開花直後の花の様子を詳しく見てみましょう。
 まず、筒部には内側(奥)へ向かう「毛」があります。

図5 筒の開口部の毛。

図6 内側(奥)へ向かう筒部の毛。

図7 首と柱頭室。柱頭室の毛は外向きにカールしている。
首の部分の毛は筒部よりも密生し、昆虫を筒部へ逃がさ
ないような仕組みになっている。

図8 筒部の毛。首部に比
べるとまばらである。
図9 首部の毛を柱頭室側
から見た。厳重な毛束では
あるが、中央にはわずかに
隙間が空いている。

 奥へ向かう毛の配置は、ハエが入りやすく、出にくい構造
です。特に首の部分の毛は多くて中央にわずかの隙間しか
なく、一度入り込んだハエは、逃げ出せないようになってい
ます(図7)。しかし、柱頭室の毛は全く異なったもので、出
口へ向かって強くカールしています。柱頭室に、このような
毛のある意味はいったい何なのでしょうか?私には未だ分
かりません。

 ウマノスズクサの近くへ寄ると、何かいやな臭いが漂っ
ています。葉をちぎってみると、その臭いがウマノスズク
サから出ているものであることがはっきりします。たとえ
て言うなら、ヘクソカズラに似た臭いと言うことができるで
しょう。おそらく株全体から立ち登るこの臭気に誘われて、
ハエが集まってくるもののようです。周りを飛んでいるハ
エが花の開口部へ達し、中へ滑り落ちたり、毛をかき分
けるように潜っていく姿を見ると、この臭いは、花のところ
でいっそう強力なのでしょうが、私の鼻では特に強く感じ
ることはできません。しかし、花を解剖してみると、よくハ
エが入っているので、よほど魅力的な臭いなんでしょう。

図10  ウマノスズクサの花は、サキソフォンのような形を
して曲がっているので、雨が降ったときには萼筒の中へ雨
水がたまってしまうことがある。たまった雨水の上で、ハエ
が去りがたい様子で、動き回っていた。こんな状態でもハ
エを誘惑する魅力にあふれた花なのだ。臭いの元はどこ
にあるのだろう。

 中へ入ったハエを観察するために、柱頭室を切断して、
カバーガラスを瞬間接着剤で固定して観察していると、じ
つによくハエが入り込むのを見ることができます。狭い柱
頭室内に、7匹ものハエがひしめき合っているのを見るこ
ともありました(図11)。

図11 多数(7匹)のハエが柱頭室内にひしめき合ってい
る。(2007年6月28日13時36分)


 ウマノスズクサは雌性先熟の花で、始めは、雌しべの柱頭が瑞々(みずみず)しくて、雌花期です。このとき、入り込んだハエがすでに別の花を経由していれば、体に付いた花粉を雌しべに与えますが、初めて花に入った場合には、首の部分の逆毛が邪魔をして、脱出できないので、柱頭室内で無駄に暴れ回っています。こんなに暴れていては、エネルギーを使い尽くしてしまうのではないかと、他人事ながら心配になるほどです。
 かなり時間的な幅はありますが、およそ24時間後には、葯から花粉が出るようになり、雌しべは変色し、雄花期になるとともに、筒部の毛や首部の毛が萎えるので、ハエは花粉を付けて脱出することができ、次の花へ入ることができます。
 

図12 開花2日目、首や筒部の毛が少なくなって、ハエは
脱出できるようになる。

 と、ここまでは、教科書どおりの模範解答ですが、「事実
は教科書よりも奇なり」で、じつは、初日、未だ首の部分の
毛が健在なときでもかなりのハエが脱出することができま
す。図14は、図11の花を3時間10分後に撮影したものです
が、脱出しかけたハエを見ることができます。結局この花
では、16時48分には2匹しか残っていませんでした。こう
いう脱出劇があるということは、柱頭室を切断したセット
で観察していて初めて分かったことです。

図13 首部の毛束を押しのけて脱出をはかろうとするハエ。
未だ雌しべの柱頭が健在であるとともに、葯が花粉を出し
ていない雌花期の花(開花当日)。

図14 図11の花から脱出をはかろうとするハエ。(2007年6月28日16時46分) 

3 毛が少なくなるとは
 さて、雄花期になると、筒部の毛が少なくなって、ハエが
脱出できるのですが、「毛が少なくなる」とはどういう事な
のかを調べてみましょう。
図15 2日目の朝は、未だ毛が多い。 図16 次第に毛の量が減ってくる。
図17 毛の量が減ってくる。 図18 すっかり少なくなってしまった。

 この連続写真で見ると、毛の量が減るのは、毛が抜け落ちるのではなく、「萎縮(いしゅく)」していくもののようです。この例では、毛が萎縮するのにずいぶん時間が掛かっていますが、花による個体差があり、午前10時頃までに完全に萎縮してしまうことも多くありました。

図19 元気な時期の筒部の毛(顕微鏡写真)。

図20 元気な時期の筒部の毛(顕微鏡写真)。節くれてい
るように見えるが、細かい構造は不明。

図21 萎縮した筒部の毛。節間が縮まったように見える。

 筒部の毛は、薄くピンクを帯び、細かいしわが見られるが、
正確な構造は、通常の光学顕微鏡ではよく分かりません。
しかし、毛の量が少なくなるのは、このしわというか節のよ
うな構造が、寸詰まりになるものであることが、連続観察か
ら分かります。

第一部終わり

 このFILEは、未だ完結していません。雌花期から雄花期へいたる雌しべ・雄しべの変化の詳細や果実について取材を続けて参ります。今後とも、よろしくお願いいたします。


文献

牧野富太郎・清水藤太郎. 1939. 植物学名辞典:7.春陽堂.
中山周平. 1951. 植物採集手帳:56−57.北隆館.
林 弥栄監修. 1997. 山渓ハンディ図鑑1 野に咲く花:364. 山と渓谷社.
籾山泰一. 1982. 日本の野生植物 2 :103.平凡社.
木村陽二郎監修. 1996. 花と樹の大事典:70−71.柏書房.
八坂書房 編. 2001. 日本植物方言集成:81.八坂書房.
高橋勝雄. 2004. 山渓名前図鑑 野草の名前 夏編:50.山と渓谷社.
多田多恵子. 2007. 魅惑の音色 ウマノスズクサ.山と渓谷 866:290-291.山と渓谷社

掲載種
一覧
表紙集 リンク集 用語解説 ごあいさつ 作者紹介 お知らせ 写真館 掲示版 メール 石川の自然史

花のアイコンは、Flower Icons Site(現在URL不明)からお借りしたものです。

花模様