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ノタヌキモ  Utricularia aurea Lour.
タヌキモ科 Lentibulariaceae) 
               
学名は日本水草図鑑(角野康郎.文一総合出版)によりました。

  私の植物への傾倒は、おそらく小学校の高学年の頃からだろうと思いますが、はっきりとはしません。中学生の頃には、本屋の店頭で雑誌「採集と飼育」を購入していました。これが専門書を買った最初でしょう。このころにはすでに、牧野富太郎の伝記も読んでいて、憧れの人でした。牧野日本植物図鑑を買って貰ったのは、この後です。
  高校1年の時に、近所の山の池でノタヌキモを見つけ、その観察記録を「採集と飼育」に投稿したところ、掲載されました。デビュー(?)です。 高校生が、誰の指導も受けないで、自己流に書き飛ばした報告でしたので、後で読み返すと「冷や汗が一斗」も吹き出すほど、間違いも多く、文章的にも稚拙でお恥ずかしいものですが、私の大切な記念品です。
 すぐに、食虫植物研究会の会長、小宮定志先生から、間違いを指摘しつつも心のこもった激励のお手紙をいただき、感激しました。間もなく、先生の、食虫植物研究会に入会させて頂きましたが、不良会員で、10年ほどの後に退会してしまいました。

 さて、ノタヌキモを見つけた当時は、タヌキモ(?)だと思っておりました。といいますのも、当時の牧野日本植物図鑑にはタヌキモしか掲載されていなかったからです。図鑑には、タヌキモは「果実を結ばす」となっていましたが、この植物は結実していましたので、無謀にも「タヌキモの結実と発芽」と題した迷文を発表してしまったというわけです。それにしましても、活版印刷で、全国版になったのですからとても興奮しました。
 本来は、この報告文をそのまま掲載しても良いのですが、あまりにも問題が多いので、趣旨をできるだけ損なわない形でリライトし、当時、こんなことを考えていたのだというところを再現してみたいと思います。もとの報文をお読みになりたい方は、「採集と飼育 第19巻 第3号 昭和32年3月」をお読み下さい。あまりお薦めはできませんが。
〔 〕は、このたび、新たに付けた注です。
 
タヌキモの結実と発芽

本 多 郁 夫

 タヌキモは多年生草本で、冬は冬芽を茎端に作ってすごし、春になると冬芽からふつうに見られるものとなる。
 1955年9月25日、若松大池(金沢市郊外の山の池でタヌキモはない)の近くにある池へ行ったところ、タヌキモが無数にあったので、花を咲かせていたのを採集してきて、”牧野日本植物図鑑”で調べてみると、私が採集したものはタヌキモにひじょうに似ていたが、図鑑の中の記事では、”此種は果実を結ばず”とあったのに、これは写真1に示すようにかなり大きな実を結んでいた。そのうえ、タヌキモのほかに、適当なものもないので、おかしいことだと思ってこの植物の結実について調べてみた。はからずもその発芽についても調べることとなり、またこの植物がタヌキモと違うのではないかという疑問を、私の心に芽生えさせたのであった。

写真1 標本写真 写真2 花序
写真3 発芽した種子の顕微鏡写真。
初生葉やへそが見えている。
図4 発芽した種子で、芽の顕微鏡写真

〔ここに掲載の写真は、 1956年(何と50年も前)に、撮影技術未熟の筆者が、性能のよくない2眼レフで撮影した写真のネガを、フラットベッドスキャナー(EPSON GT-9800F)で読み込んだもの。〕

採集から発芽

 1955年11月19日、タヌキモ池〔当時、自分勝手に、池に名前を付けていました。その後、小池と呼ばれる池であることが分かりましたが、後にゴルフ場になって、消滅しました。〕へタヌキモの果実を採集に行った。帰ってから果実のうちの一部を容器に入れて水を満たし、ふたをして置いた。
 11月27日と29日とに観察すると、果実は萼の少し上のあたりでパックリと口を開けていた。果実の中には球形の子房〔小宮先生から、子房ではなく、胎座であるとの御指摘を頂いたとの記録が残っていますので、以後は、胎座と記載いたします。〕があって、その周囲をぎっしりと種子が取り巻いていた。
 1956年4月20日に、前年11月29日以来、ほったらかしておいた容器の果実を見ると、種子は全部容器内に散乱して発芽していた。その後、だんだん成長し、1956年に池で採集したものほどの大きさになって、今なお健在である。

図1〜7 原著からのコピー
図1−2 1955年11月29日 果実の図 左に見える切れ込みのところで割れる。六角形のものは、果皮を透して見える種子。
図3 種子 中央が火口〔へそ〕。×印は緑粒。1956年9月15日。
図4 種子 図3の裏側。中央が発芽口。1956年9月15日。
図5 果実の解剖図 果皮に接して並んでいる円盤状のものは種子。中央の球形のものは胎座。下方、横へ2片出ているのは萼。
図6 果実の割れた図 水底へ沈む側。5つ見える点は種子の取れた跡。
図7 果実の割れた後 花梗のほうへ残る側。



果  実

 形は、図1・2のようで、横断すると中央に球形の胎座があって、種子が胎座の周りをぎっしりと取りまいている(図5)。種子の片面が少し盛り上がって、栄養取り入れ口〔臍:へそ〕となり、それが胎座に食い込んでいて、種子の取れた跡には火山の火口状のくぼみがくっきりと残っていた。花柱の中央には細い管が通っていた。
 果実は花が散った後、しだいに雌しべが大きくなり、1ヶ月くらいで成熟した。これに伴って、萼や花柄が褐色に色づき(不結実のものは変色しなかった)、また、花柄は、花の咲いている間はどの部分も太さはほとんど変わってはいなかったのに、花後しだいに、花軸に近いほうよりも萼に近いほうが太くなっていった。成熟すると、萼の少し上のところの筋(これは肉眼にもはっきりと認められる)を境に果皮が二つに割れて、先端部すなわち図6の部分が、水底に落ちて種子を散乱させた。

種  子

  種子は直径約1mm、厚さ約0.3mmの多角形であった。六角形が一番多く、五角形のこともある。この角は、図からも明らかなように、折り紙のような顕著な角をもっているわけではなく、円のつぶれたようなものであった。〔要するに、種子がぎっしりとつまっているので、押されて角張っているのである。〕
 へそは図3の種子の中央に見える円形の部分で、これは山のように盛り上がっていて、その中央がくぼんでおり、そのくぼみがあたかも火山の火口のごとき感を呈するので、今後は火口と書いていくことにする。火口は種子のほぼ中央に位置し、その縁の部分が他の部分よりも特に濃い茶色であった。
 火口の反対側(図4)も、少し盛り上がっていて、底には火口ほどは目立たず、かつ面積もそれよりはるかに小さい濃い茶色の部分がある。後に、この部分から根や葉が出てきたので、ここを発芽口と名付けた。
 縦断すると(図10)、種皮をだぶだぶの保護膜が取り囲んでいた。十数個の種子を切断したが、胚は見つからなかった。胚乳の中に緑色の粒が多く見られたが、これは何だか分からない。この粒は外側からの観察でも見ることができ、100個以上はあると思われる。図3・4で×で表し、図10で点線で表したものであり、目測であるが、火口の大きさの1/8くらいの楕円形であった。〔未確認ではあるが、おそらく、この粒は葉緑体であり、種子は無胚乳種子なのであろう。したがって、胚乳と思っていたものが、胚そのものということになる。〕
 
 
発  芽

 1956年10月5日、シャーレの中で、13個の種子が発芽していた。同12日には、48個になっていた。いろいろな発芽の程度が見られたので発芽の順序を述べてみる。
 まず、発芽口に接した部分に、根〔初生葉であるとのご指導を受けたので、以後は、初生葉という。〕や葉が出る。このとき、初生葉は丸まった葉を包むような形を取っている(図13)。発芽口を破って、まず初生葉が顔を出し、しだいに伸びていくと、葉も顔を出し成長し(図8・9)、初生葉の成長が止まった後も、葉は成長を続けた。初生葉は発芽口のところで叢生し、その中央にある葉とともに緑色であった。

図10 種子の縦断面 点線は緑粒〔葉緑体〕 
図11 火口部〔へそ〕の断面
図12 葉は基部からA・B・Cの3本の枝に分かれる。Eの左は、タヌキモの葉の並び、右はノタヌキモの葉の並びの模式図。A・Dは茎の断面。
図13 発芽直後の種子
図14 花の全容 aは褐色彩


付  記

タヌキモとの比較
タヌキモ(牧野日本植物図鑑) 私の採集品
果実を結ばず 果実を結び、かつ種子は発芽する
葉は互生で、おのおのの葉は2裂。 葉は互生で、おのおのの葉は3裂
阜部にある褐色彩の付き方。図鑑参照 阜部にある褐色彩の付き方が、図鑑とはかなり異なる。図14
距は無毛 距は有毛

私の疑問
  ある日、私が採集したこの植物の中に、他のものがすべて女性的でしなやかな感じがするのに、1本だけ男性的で硬い感じのものがあった。これについて、なおもよく調べてみると、他のものがミツバ〔図12で述べたように、葉が3本の枝に分かれている〕だったが、これだけがフタバであった。このことから察して、私はこれが真正のタヌキモであると思った。それから1ヶ月ほど後、この真正のタヌキモと思われる方は、見事な褐色の冬芽を茎端や葉の付け根のところにたくさん付けたにもかかわらず、ミツバのタヌキモの方は、いくつかの緑色のやせこけた冬芽(真正のタヌキモから見れば未完成のもの)を付けただけだった(もっとも、これでも越冬ができればそれで良いわけだが)。
 一方、1956年の春発芽して、そのときにいたっていたものはみな冬芽を形成していた。ところがこれらは、前年はミツバだったはずなのだ。それなのに、種子という期間を過ごした今では、もうミツバではない。フタバなのだ! こんな訳のわからないことがあろうか。ミツバのタヌキモは、冬芽を形成しない。また、その子はミツバとはならないで、フタバとなって、そして冬芽を形成した。ここで考えられるのは、私の観察が不徹底だったのではなかろうかということである。
 私は、採集品をミツバタヌキモとしてタヌキモと区別して公表したかったのだが、このような訳で、軽はずみなことはできなくなってしまった。そこで、ミツバとフタバの関係はどうか? 冬芽と未完成冬芽との関係はどうか? ということについてはこのまま疑問として残しておいて、もう一度厳重な調査をしようと思っている。今までに、私が疑問として残してきた点につきまして、何かご意見があればお知らせ下さい。またすでに解決しているならばお教え下さい。叙述や術語の不適当なところは御指摘下さい。


  以上が、拙文のあらましであります。結局のところ、この池にはタヌキモ(おそらくはイヌタヌキモ)とノタヌキモが生育しており、私としては、主としてノタヌキモの観察をしていたのに、わずかにあったイヌタヌキモとの混同を起こして、訳がわからなくなったもののようであります。
 ただ、当時の図鑑には、タヌキモの記載しかなかったので、てっきり新種を発見したとの気持ちで(若気の至りですが)観察していたのでした。また、すぐに追加調査にはいるべきでしたが、翌年は、大学受験ということで、必死になって勉強していたので、それっきりになってしまいました。
 後年、大井次三郎先生の鑑定により、写真1の標本が「ノタヌキモ」であることがわかりました。

ノタヌキモ

 口直しといっては何ですが、最近撮影したノタヌキモの画像をお届けいたします。

図15 ノタヌキモ。葉が3本の枝に分かれて、立体的な広がりを示す。(2005年9月20日)

図16 葉は基部から3本の枝に分かれている

 タヌキモの仲間も、分類の難しいものですが、中では、ノタヌキモは割と特徴がはっきりしています。その一つは、私が、前記論文で「ミツバ」を強調していたように、「葉は基部から3本の枝に分かれ、それぞれがさらに立体的に枝分かれする。タヌキモやイヌタヌキモと異なり、葉の裂片が3次元の配列をもつことは他種にはない特徴である。」(日本水草図鑑.角野康郎.文一総合出版による)

図17 干上がった池の地上で花茎を伸ばしたノタヌキモ(2005年9月20日)

図18 花は鮮やかな黄色。下唇の阜部(盛り上がった部分)に褐色彩が見える。 図19 花冠の下唇は丸みを帯びているのが特徴
図20 距は有毛。花冠にも疎らに毛がある。 図21 深く2裂した萼が見える

図22 果実。果柄は先で太くなる。 図23 果実が裂けて、種子が見える
図24 果実が裂けて、種子が胎座の周りに張り付いていることが分かる。 図25 果皮の内側にゆるく張り付いた種子。

ノタヌキモの最新の画像をお届けいたします。
図26 種子が発芽して水面に浮かんできた。2006年5月6日

図27 たくさん集まっているのは、果実ごと水底に沈んだ種子が、かたまって発芽したためである。 2006年5月11日

図28 左の個体は発芽してすぐ、2分岐している。右の個体では、立派な捕虫嚢ができている。2006年5月19日

文献

牧野富太郎. 1954. 牧野日本植物図鑑 改訂版:p126.北隆館.
本多郁夫. 1957. 採集と飼育:p84−88. 内田老鶴圃.
角野康郎. 1999. 日本水草図鑑:p149.文一総合出版.

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