戯言(TAWAGOTO)
(2005年)
日々の雑感を勝手気ままに気の向くままに書いてます。
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12月31日 餅つき
毎年年末の更新は、「戯言」の中の〔餅つき〕で閉めてるので、
今年もこのページで閉めようかと・・
30日に恒例の餅つきをした。
今年も10kgの餅米を4回にわたって搗いた。
今回の餅米は、農協から購入したのだが、粘りがあり歯応え十分だった。
例によって最後に搗いた餅は、少しだけアンコロ餅にしたり辛味餅にしたり
納豆や黄な粉で塗したり海苔巻きにしたりして食べた。旨かった。
残りは、4つの10kgの米袋に入れて伸してから
固まり具合を見て袋ごと四角く切って保管する。
毎年暮れの30日に餅つきをしないと年が越せないような気がする。
※今年も拙いサイトにお越し頂きまして有り難うございました。
来年もHPの更新を益々と努めていきたいと思っております。
良いお年をお迎え下さい。

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12月16日 チャコ
我が家の愛犬「チャコ」が息をしてないのに気づいたのは、
私が仕事から帰って庭に様子を見に出たときだった。
抱き上げてやると、まだ少し暖かかった。
一ケ月ほど前から体力も落ち、餌も禄に食べなくなったので「覚悟」は決めていたが
その日が、とうとうやってきたのだ。
老衰である。16年の生涯だった。
何故か涙は出なかった。一番可愛がってた娘も「何で涙が出ないの?」なんて言っていた。
新聞広告を見て貰ってきた雑種だが、16年も一緒に暮らすと家族の一員と同じなのだが
何故か泣けなかった。
カミさんは、ボロボロだったが。
毎日皆で散歩も欠かさず、可愛がってきたからだろうか。大往生だと思う。
誰が来ても吠えるどころか懐いて尾っぽを振って愛嬌を振りまいていた。
とても番犬にはなれない犬だったが可愛いヤツだった。
散歩で近くの山に入ったときに鎖を解いてやると跳んで走っていくが、すぐに戻ってくる。
間をおいて歩いていると常に私が着いてきてるか確認しながら走っていた。
そんな元気な時もあったが、今は冷たい物と化してしまった・・・・・
長い間有り難う!
来年は戌年だから娘と撮って年賀状に使おうと
先日デジカメで写した写真が遺影になってしまった。

名前〔チャコ〕犬種〔雑種〕性別〔雌〕
平成17年12月16日午後6時ごろ永眠
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11月9日 有り難う!おばちゃん
ウチの紅一点だったおばちゃんが、6日の未明永久の眠りに着いた。
享年69歳。
一週間ほど前に「風邪を引いたので少し休ませて下さい」という連絡後、
そのまま帰らぬ人になってしまった。肺炎を併発してから心不全に陥ったそうだ。
そろそろ個人邸の草取りがあるから善くなったかなと思い連絡したところ
息子さんが出て、「実は今朝・・・・・」
ということで知ってビックリした。あまりにも突然だったので次の言葉か出なかった。
つい一週間前まで一緒に働いてたのに・・・・・
信じられなかった。いや、信じたくなかった。
弊社に来てから約20年。
兎に角一生懸命頑張ってきた。
正に男勝りで、よく頑張ってきてくれた。
男連中の中に混じって齷齪と働いてくれた。
「俺は、(おばちやんは自分の事を「俺」と言う)3度の飯より草取りが好きなんだ」
と、よく言っていた。
一服のときでも座った芝生の周りに生えてる草を毟っていた。
ウチのおじちゃん連中にも、よく発破をかけていたっけ。
「ダメだ!そんな掃除の仕方じゃ。こうやるんだよ!」
また、毛虫の多い木の下の草取りをしてても
「毛虫を嫌がってこの仕事が出来るかい!」とかも言っていた。
一服のとき、私らの話に割り込んで話の中に入ろうとしてきた。(実際、その時はウザイと思ったりした)
息子と2人暮らし。隣近所との着き合いも薄かった為か、一服時の我々の会話や段取りに
仲間入りしたかったのかも。声高らかによく喋ってた。
現場で綺麗な草花や剪定した木の花を少しだけ摘んだりしては家に持ち帰り花瓶に挿していた。
花が好きなおばちゃんだった。
そういえば、住んでる団地の下の敷地に花を植えて「毟られた!」とぼやいてた時もあった。
朝早い出勤でも何一つ文句も言わずに出てきてくれた。
今年の5月に待望の初孫が出来て、休みのときはよく娘の家に孫の顔を見に行っていた。
高齢出産した娘と孫の話をよく聞かされた。
孫が出来るまでは、ウチや若い者の子供達にお菓子を持ってきてくれた。
何時も「コアラのマーチ」だった。
ウチに居るワンコにもよくビーフジャーキーを持ってきた。おばちゃんの姿が見える前からワンコは
分かって吠えていたっけ。
お得意先の奥さんにも頼られていた。おばちゃんが休んでるときは心配していた。
何処其処の奥さんは、どの花を大切にしてたかとかよく覚えていた
懇意にしてもらってる土木屋の親方にも「おばちゃん元気かい!よく頑張ってるね!」とも言われた。
その親方に今度会ったとき何と言おうか。果たして言えるかどうか。
弁当箱は、マーガリンの箱だった。
キャスターマイルドが好きだった。
のど飴は、欠かさずポッケに入れてあった。
書いてるうちに涙が止まらなくなってきた。
走馬灯のように頭の中を駆け巡る。寄せては返す波の如く思い浮かんでくるおばちゃんの記憶。
もう、そのおばちゃんは居ない。
今入ってるお屋敷の仕事でも、すぐ其処で鎌を持って草を毟ってるおばちゃんが居るようだ。
ついつい、声を掛けそうになる。
ハッと思って居ないことに気づく。そう、もうおばちゃんは、居ない。
安らかに眠って下さい。今までお疲れ様でした。
合掌。。。。。
※今回ネットで紹介したのは、こういうおばちゃんがウチにも居たということを伝えたかったからだ。
「会社紹介」のメンバーにも残しておこうと思っている。
キーボードとマウスで消し去ることは容易いが、姿は無いけど何時までも私らの近くで一緒に働いてる
と、思い続けたい。
「おい!息子ら! 俺は、死ぬ時はポックリ逝きたいね。」
「それまで生涯現役だよ!」
何時だったか。そんな事を言ってたのを今思い出した。
人間なんて儚いもの。いつ何時病気や事故などで逝ってしまうか知れない。
そのために毎日毎日を充実したものに、また一瞬一瞬を輝いていたい。
好きなことを精一杯して過ごしていきたい・・と、私は思う。
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8月27日 蜂
「痛っ!」
ショルダーで草を刈ってると背中に針で刺されたような痛みが走った。
金刃の先を見るとブンブンとアシナガが数匹舞っていた。こいつか。
「この野郎!逝てもうたろか!」
ハチ・アブ専用殺虫剤でジェット噴射!
一発だった。
この頃は便利なものが出たもんだ。
これならスズメバチもコロッと逝きそうだ。
10mまで到達するのもあるので離れた所から一撃できる。
私は、スズメバチにも刺されたことがあるが、これがまた痛いのなんのって。
いきなり焼け火鉢をあてがわれたようだった。

草刈工事では必需品

草を刈ると・・・・・

そこは、別荘への入り口だった・・・
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8月13日 カブトムシ
暑い真夏のこの時期になると拙庭にカブトムシが毎日のように飛んでくる。
他にもクワガタムシやカミきりムシなど私らが子供の頃喜んで採集した虫達がやってくる。
今朝、忙しかった現場が一段落して団地の管理仕事に行こうと思ったが朝方恵み?の雨。
セカセカと働くのを止めて体を休めることにした。
冷たいコーヒーを片手に久しぶりに庭に出た。
するとオスが2匹メスが1匹。庭園灯の近くの豊後梅とツツジの枝に止まっていた。
今までろくすっぽ庭に出てなかったので気がつかなかったが、蛹から脱皮した
カブトムシが毎朝やってきたのだと思う。
庭園灯の光に誘われて暗いうちに飛んできたのだろう。
私が小学生の頃、よく前の日に近くの森に行き楢や樫に砂糖汁や蜂蜜を塗っておき
翌早朝に蜜に集るカブトムシを採りに行ったものだった。
角にタコ糸を結びグルグル回して飛ばしたり、友達のとケンカさせたりして遊んだものだ。
冗談か小噺か今の子は、カブトムシはデパートで買うものだと思っているらしい。
中には、気持ち悪いと言って掴むことも出来ない子が居る。
「あっ、500円見っけ!」
そう言って捕まえ籠の中にゼリーと一緒に入れといた。


ハイビスカスが、夏の盛りを感じさせる。
雨上がりの蒸し暑い午前だった。

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7月24日 山場
「おーい!仕事手伝ってもらえないか?」
「いやー!今は無理だ!逆にコッチが手を貸してもらいたいくらいだよ」
今夏は、どういうわけかアッチコッチの仲間業者から応援の依頼が来る。
それに加え役所(企業庁)からの指名での仕事や個人邸からの依頼も容赦なく来る。
コチラは、何とか無理して工程の中に組み入れたり、伸ばしてもらったりして凌いでいる。
景気は回復しつつあるのか?
そんなわけで某ニュータウンの植栽2期工事は、同業者に何社か応援を依頼しても
来てくれたのは僅か1社だけとなってしまった。
仕方なく近所の派遣会社から何人か頼むことになった。
ここの会社の人員は、ほとんとが造園の経験が無い(土工関係ばかり)ので
低木の植え込みから芝張りのような比較的簡単な作業を担当してもらう。
それでもイロハのイから教えている。
低木の植え込みといっても綺麗に見栄え良く植えるにはコツがある。
「この人はこのエリア。あの人はあのエリア。」と割り振り
現場内をウチの番頭と一緒に図面を片手に駆けずり回る毎日が続いている。
(それでも民間工事なので写真が無いだけ楽か・・)
そんなもんで、夜仕事から帰って風呂入って○をカッ食らうと、もうバタンQ!
朝も早いので早寝してしまう。HPの管理やBBSのレスをすることも儘ならず
PCの電源さえ入れられない日々が続いた。
29日までに開発検査があるので何とか形を作ってくれとのこと。
しかしゴールは、遥か向こうにボンヤリと見えてきたので、後もう少しの辛抱!
今年の夏は、去年の記録的な猛暑に比べれば楽なのでまだ救われる。
今回の植栽工事の出来上がり等は、また「施工状況」にアップするつもりだ。



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7月4日 人間ブルドーザー
今年3月に入った新人君。彼の活躍ぶりは目を見張るものがある。
兎に角よく頑張ってくれるだけでなく、パワーが凄い。
今やってる植栽工事での穴掘りは、出来る限りユンボを使って掘っているが
ユンボの入れないところや周りが仕上がって乗っかれない所は手掘りになる。
そんな手掘りでの穴掘りも汗をぶっ垂らして懸命に掘る。
そして早い。馬力がある。疲れを知らない。
重い道具や材料も天にかざして持ち上げて運ぶ。
そんな彼を仲間の若い衆は、「人間ユンボ」或いは「人間ブルドーザー」と呼んでいる。
正しくその形容がピッタリ当てはまる。
また、朝も30分前には駐車場に来て私が来るのを待っている。
そういう真面目で誠実な所もある。
そして何より良い所は、仕事に対してハングリーである。
常に仕事に対して前向きで、貪欲なのだ。休みも極力取りたがらず稼ぎたいらしい。
この仕事は人の出入りが激しいが、彼は今まで来た人材で一番良く真面目に働いてくれてるの
ではないだろうか。
この世界の仕事は、初めて入ったので荒削りで、まだまだこれからだが
飲み込みが早く、技術的なことは少しずつだが習得している。
先が楽しみな存在。長続きしてくれるといいのだが。
鮎釣りが唯一の趣味で、昔は柔道をやっていたという彼は、
体格もガッチリとしていて礼儀もある。
後は、もう40になるので世話好きな嫁さんが来てくれると良いのだが・・・
余計なお世話か・・
随分と持ち上げたが、私は現場では上げたりしない。
彼は、ネットはしない。

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6月24日 退場!
※今回の「戯言」は、自分の愚かさ、甘さを露呈することにした。
敢えてネットで公開して己の恥を曝すことで自分への戒めにする為に。
数週間前から某ニュータウンの2期の植栽工事が始まった。
まだ植栽できる箇所もまとまってないので今の所内輪(7,8人)で消化している。
しかし、そのうちまた仲間の応援を頼み30人以上で作業する日は来るだろう。
1期工事の時に比べ職人の数も半分くらいに減った。
ココの工事も大詰めに差し掛かり建物関係に携わってた業種が退いてきた為であろう。
それでも150人くらいの職人は入ってる。(外溝関係がほとんど)
1期の時と同じく、毎朝8時の朝礼から現場の作業は始まる。
その朝礼では、全員が必ず安全帯を着用して出席するこになっている。
それがここの規則でもある。
安全帯は、業種によっては使用しない場合もある。
まして植栽工事を受け持つ造園業では殆んど使用しない。
それでも全員が着用してラジオ体操をし、朝礼で作業の流れや
安全注意事項を確認し合わなければならない。
何度も言うが、それが規則でもあり、ここのゼネコンさんの方針でもある。
使おうが使うまいが、それは関係ない。規則なのだから。
〔安全帯着用〕という1つの規則を設けて全員の統率と言うかルールを遵守し図ることにより、
そこの団体作業の決め事に従う意識を養う一環であるのかもしれない。
その決め事を私は、安易な気持ちから怠り着用しないで出席した。
実を言うと、その前の日も「もう着けなくても平気かな・・」
と自分本位な考えで着用しなかった。そこが甘かった。
そして今日(24日)の朝礼時ゼネコンの監督から
「○○さん、安全帯を着用してないけど」「訳を前に来て説明してくれ」と言われた。
この監督、完全にプッツンきている。
150人ほど居る職人の前で私は詫びを入れた。
それからもう1人の監督に「今日は、○○さんは仕事しないでいいよ」と言われた。
退場してくれとのこと。
今日の仕事で8mほどのヒマラヤスギとその他に4mほどの高木を
10本くらい搬入する予定であった。
8mのヒマラヤを吊る25t吊りのレッカーも手配していた。
それも全てキャンセルして今日の仕事を中止して退場しろと言う。
監督に誤り何とかして「作業中止」を取り消してもらおうと懇願したがダメだった。
「1回許すとまたやるだろう。1度痛い目に合わないとまたやるだろう?」
諦めて退場することにした。
2時間近く掛けて若いのも連れて来た現場。
1日をパァにすることは出来ない。何とか仕事を入れなければ・・
急遽、日曜に段取りしてた個人邸に連絡を取る。
「あー、どうぞいらして下さいよ」とそこの奥さんが言ってくれた。
一瞬この奥さんが神様のように思えた。
少し遅れての庭の手入れに入らせてもらった。
勿論こっちの我儘でお邪魔させてもらったので経費などをサービスさせてもらうことにした。
こうして暑い1日を終えた。こういうこともたまにある。
たかが安全帯、されど安全帯。
自分本位に考えてた甘さに思い知らされた1日だった。
自分達だけの現場ならこういう事は無い(かといって不安全行動や危険作業はしてはならない)
大勢の各種多様な職種の集まる工事現場では、団体での作業なので規則は守らないとならない。
大勢で1つの仕事をする工事現場は・・・いや、どんな仕事もそんなに甘かぁない!
もっと気を引き締めていかねば。
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| 翌日、ヒマラヤスギを無事納めた | 千葉から運ばれてくる高木 |
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| 「早く来てくれてうちとしては良かったわ」とココのうちの奥さん 突然の我儘を聞いていただきました。感謝! |
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4月1日 イノシシ対策
去年、種芋を蒔いたらイノシシに全部食べられてしまった。
先日畑に行くと防護ネットを数箇所破られていた。
そろそろ出没し始めたようだ。
早速、鉄筋を打ち込みコンクリートメッシュで垣を作った。
これは低コストで作業性も良い。
尚且つGSから廃油を貰ってきて周囲に撒く。廃油も効果があるようだ。
後は、yasunariさんから送られてくる「髪の毛」を周囲に撒いてみようと思う。
人間の匂いがするものには嫌がって近寄らない。以前TVで実験もしてた。
チョット気味が悪いかもしれないが・・・
これでバッチリか。
イノシシは、助走無しで1mくらいはジャンプするらしいが少しコレで様子を見よう・・
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| 施工前 | 施工後 |
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| 廃油も撒いてみる | 豊後梅 |
自宅の庭の豊後梅が開花しだした。
今年は、実を沢山つけそうだ。
豊後梅の実は大きく梅干にすると食べ応えあるが、私は好きだ。
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3月19日 杉花粉
「この仕事をやってて花粉症は辛かろうに」
毎年今の時期にマスクをはめだす若いもんに言ってた自分だが
今年は鼻水がやたら出る。風邪の延長かと思っていたが
どおやらそうではないらしい。
今年は花粉症に罹ったことが無い人も花粉症になっていると聞くが
自分が、そんなデリケートな体になってしまったのか。
しかし花粉症なんだろうな・・・
鼻水が引っ切り無しに出るし、たまに目も痒くなる。
1日中鼻をズルズルやってるもんだから頭も痛くなってくる。
そんなもんで、先日薬屋で花粉症に効くのを買ってきた。
飲んでみたら1日で治った。どんなもんだい!
「ほら!あの山見てごらん!凄いねぇ!花粉が!」
ガードマンが山を見て言った。
今やってる現場は杉山の直ぐ近くなのだが、流石に驚いた。
山が黄色い粉を撒き散らしている。
なんだか、また頭が痛くなってきた・・・
目も痒くなってきた・・・

写真では分かりづらいかもしれない。
山から吹き出る黄色の粉の狼煙が・・・

車を現場に半日だけ停めておいたのだが、フロントガラスに花粉がビッシリとついていた。
朝の「花粉情報」が、やけに気になる今日この頃・・・
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2月27日 新規採用
クソ忙しい最中に1週間も無断欠勤した若いのが居たのでクビにした。
どんな訳が合っての事か分からなかったが、電話1本でもくれればまだクビには
しなかったかもしれないが、コチラから電話しても全く出ない。完全に頭に来た!
長いこと勤めてくれたヤツだが、以前にもこういう事が度々あったのだ。
すぐさま人員を補充すべく職安に申し込んだ。ついでなので2名求人した。
1人目は、すぐに来た。ウチは一応面接はする。
39歳と言う働き盛りで運転免許も持っている。何故前の会社を辞めたかなどは聞かない。
過去の事は関係ない。新しい道で一所懸命になってくれればソレでいい。
この道は全くの素人だが話をしているうちに
仕事に対する情熱がヒシヒシと伝わってきたので「明日から来てくれ」と言った。
即採用することにした。
現場では、古株の若い者達の手元に付け基本から教え込むつもりだ。
現場初日、当然素人なので始めは、もたついてたが飲み込みが良い。
長く勤めてくれることを願う。
趣味は釣り(鮎専門だが)というのも良い(笑)
現場では、「おかしな所があれば言って下さい」と謙虚だ。
「ハイ!ハイ!」と素直にコチラの言うことも良く聞く。今時珍しいかも・・・
この仕事は、素人でも「やる気」と「一生懸命さ」があれば技術は後から付いてくる。
ただ、張り切り過ぎたり機械等の使い方を誤ったりして事故だけは起こしてはならない。
その指導は、コッチで口が酸っぱくなるほど言って教え込まなければならない。
こういう仕事は、早く進めることよりもまず安全を優先しなければならない。
それから交通事故。これほどバカらしいものは無い。
以前「戯言」にも書いたことがあるが、弊社は昔親方が保護司をやっていたこともあって
少年院あがりや暴走族あがりの若いのを使ったことがある。
その連中は、現場では粋が良く、見てても気持ちが良いくらい動く。
しかし帰りの車の運転が凄かった。
前の車を「モタモタ走ってんじゃねぇ!」と煽り、一般道でも時速100キロ以上でかっ飛ばす。
よく事故がおきなかったと今思うと身震いするほどだ。
車での事故は、絶対に起こしてはならない。
ところで・・・・・
今の仕事に通ってる途中、高速でダンプの走行メーターが100000キロに達した。
「おっ! キリ番ゲット!」
すかさず記念にとデシカメのシャッターを押した。
書いてることとやってることが違う自分(反省)

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2月21日 スカパー
「あのー・・・、この木の枝・・切ってもらえないでしょうか」
住宅団地の年間管理で樹木の剪定をしていると
無精髭を生やした、いかにも「オタク」っぽい小太りの青年が
マテバの手入れをしている私に近づいてきてこう言った。
よくよく事情を聞いてみると
「ケヤキのヤゴが邪魔をしてスカイパーフェクトTVの受信の邪魔をしている」らしい。
ケヤキは、この時の手入れの対象樹木には入ってなかったが
ついでだからと快く引き受けヤゴを綺麗に取り除いてやった。
しかし、1ヶ月ほどして、その団地の管理人さんから携帯が入りまた切って欲しいと
連絡があった。しつこくて管理人さんも困ってるらしい。
急いで現場に駆けつけ取り除いてやったが、またまた数日後連絡が来る。
結局、可愛そうだがそのケヤキは元から伐採されることになった。
「団地の1階でスカパーなんか見るなよな」と理に適わない癇癪をしたもんだった。
それから1年後。
スカパーで「釣りビジョン」を楽しんでる自分が居る。
1日あらゆる釣りの番組を流している。これは実に面白く為になる。
スカパーをどうしても見たいという訳が少しだけ分かった。
1月30日、幕張で開催された「2005年国際フィッシングショー」で貰ってきた
アンテナとチューナーの接続がここのところ忙しくて出来なかったが、何とか時間のある
時に繋いで見られるようになった。
アンテナからの同軸ケーブルは部屋に取り込むのにエアコンのダクトの穴やドリルで新たに
開けたりするのだが、鉄筋コンクリートの我が家では中々面倒なところが多々あったので
〔隙間ケーブル〕なる便利なもので取り入れることにした。
1ヶ月基本料金も入れて1400円ちょっと掛かるが、
釣りに行けない時の気を紛らすにはそう高くないかも・・
反面、これからPCに向かう時間が減るかも・・・
チャンネル争いもあるだろう。

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2月6日 年度末!
今月が山場かな・・・
今、某ニュータウンの大規模植栽の工事真っ最中である。
施主の希望により一期目の工期が短縮され今月半ばまで粗方の形をつけなければならなくなった。
この現場は、場所が遠いため朝6時前には出て、ミッチリと仕事をしてくるため
帰りは19時くらいになる。それから飯食って風呂入るともうバタンQだ。
寒風に晒され1日現場で動き回ってると、まだまだ若いつもりでも疲れる。
その繰り返しが何週間も続いてくると、疲労が溜まって最近では持病の
ヘルニアが再発した。腰に手を充て不恰好に現場内を歩く状態が続いている。
それでも現場には出ないとならない。
私自身も棕櫚縄や針金を結んだりスコップを持って植え込みの手本を示してやらねばならない。
新規で来た人間がズブの素人だからだ。
でもまだまだ人は増やして割り振りも考えねばならない。
3t〜4tクラスの大木の植栽は、1期としては目処がついた。
大木の植栽は、気を遣う。
これからは、低木何万株の植え込みと何万uかの芝張りの仕事が待っている。
何百人も働く建設現場では他業者との絡みがあるので、打ち合わせ段取りが重要になってくる。
上と下に挟まれて何かとココでは書けないような柵もあるが、これも勉強の一つ。
まぁ、どんな仕事でもあると思うけどね。
さて、もう一踏ん張り! 気合入れて乗り越えていかねば・・・
疲れてくると事故が起き易い。ましてこういう重機が錯綜する現場では尚更の事。
それから・・雪だけは積もらないでくれよ〜!
※細かい作業内容や方法及び紹介などについては、いずれまたコンテンツの「施工状況」で紹介する。




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1月13日 HP開設3周年
ちょうど3年前の今日、HPを公開した。
公開のきっかけは、HPを開設する3ヶ月ほど前に〔奈良子つりセンター〕という管理釣り場で
生まれて初めての〔オフ会〕というものに出席した時のこと。
〔不良中年のフライ遊び〕というサイトの管理人〔晴釣雨読さん〕という方から
強く勧められたのがキッカケであった。
〔フジノ〕というハンドル名も、その時のオフ会の幹事だった〔道志七里の釣り雑記〕の管理人
masterさんのところに、これもまた生まれて初めて〔掲示板〕というものに
書き込みに行った時。
名前を入れなくてはならない為、「どうしようか・・」と迷ってたらそばに居たカミさんが
「藤野に住んでるからフジノにすればぁ」と言ったのがキッカケ。
何とも簡単につけたものだ。(でも今は、このハンドル名が気に入っている)
初めての掲示板への書き込みは、ドキドキするものがあったのを今でも鮮明に思い出す。
それ以後、ネットを通じて沢山の方と出会い、実際にオフ会などでお会いした。
100人以上の方との出会いがあったと思う。
所詮自己満足の世界のサイト運営かもしれないが、インターネットで素晴らしい友と巡り会えた。
出来る限りこれからもHPは続けていこうと思う。
3年前の今日、初めて公開したときのトップページがCDに残してあったので
今と大して変わらない拙いトップページ。
BGMに「別れの曲」なんてのを流していた・・・
何考えてたんだか。
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